燕市と東京ヤクルトスワローズとのコラボ事業で28日、スワローズのマスコット「つば九郎」が燕市に初飛来。「つば九郎」を描く田んぼアートの田植えやスワローズOBによる少年野球教室に参加して愛きょうを振りまき、どこでも人だかりのできる人気だった。
「ツバメ」つながりで燕市とスワローズは昨年から急速に連携を深めており、昨年のヤクルト戦で開かれた県主催の観光展に燕市が「飛燕舞」を出展。今シーズンは、スワローズ主催の公式戦全62試合でヒーロー賞に選ばれた選手に日本金属洋食器工業組合が提供、組合企業各社が製造する1万円相当の高級金属洋食器のセットをプレゼントしている。
そうしたコラボの流れから今回の事業が実現した。異なるイネの色で田んぼに絵や文字を描く田んぼアートはことしで5年目。ことしは、つば九郎を描くことにした。さらに少年野球教室の開設とあわせてつば九郎の来燕となった。
時季になると燕市燕地区の商店街のアーケード下にもツバメの巣が多く見られる。旧燕市、合併後の新燕市とも市章にツバメをデザインしており、地元の人たちにとってツバメはなじみ深い動物だが、つば九郎は初来燕。そもそもつば九郎は東京から外へ出たことがなく、今回は特例のようだ。
市民の参加を募って近所の人たちを中心に323人が参加。燕市へ避難している福島県南相馬市の16人が参加したこともあるが、つば九郎効果もあったようで、昨年の約280人を上回った。
カンバスは約4,000平方メートルの広さの田んぼ。それに黄色と紫色の古代米、白色の観賞米、それに一般のコシヒカリの4種類のコメで絵を描くもので、コシヒカリ以外の部分は事前に植えておき、残りの「地」となる部分のコシヒカリを手植えしてもらった。
明け方に降った弱い雨は直前にあがり、半袖でも寒くないくらいの絶好の田植え日和。はだしや長靴で田んぼに入り、人海戦術とあって午前9時から1時間余りで田植えを終わった。参加者には昨年の田んぼアートで収穫したコメで作ったおむすびと提供の長岡ヤクルト販売からヤクルト400をプレゼントした。
これまでの田んぼアートと違ったのは、言うまでもなくつば九郎の存在。つば九郎の周囲は常に人だかりができ、おとなから子どもまで一緒に記念写真を撮ったり、握手したりで、つば九郎は休む間もなくサービスしていた。
開会式で司会者をからかったり、市民が撮影しているビデオカメラを奪ったりと、あまりにも「自由」なパフォーマンスで笑わせ、つば九郎の行くところが笑顔であふれた。
少年野球教室はスポーツランド燕で開かれ、スワローズOB7人を指導者に市内スポーツ少年団の小学生チーム10チーム、178人が参加。保護者セミナーや指導者講習会、「つば九郎」が参加してお楽しみ抽選会も開かれた。
OBのなかでも知られているのは往年の名投手、左腕からペンギン投法とも呼ばれる多彩な投球で打者をほんろうした安田猛さんだ。引退からちょうどことしで30年、64歳になったが、相手が小学生であろうと投球フォームを見る目は厳しく、「まず重心の移動からちゃんと覚えた方がいい」、「ひじが先に出るからひじに負担がかかる」と投球術はもちろん、故障しないための投げ方もアドバイスしていた。
直接、指導を受けている小学生よりも、各スポーツ少年団の指導者の方がガチガチ。子どものころにテレビで見た、王、長嶋に対する安田さんの勇姿が脳裏に焼き付いているだけに、緊張するなという方が難しく、せっかくの安田さんの指導にもどこか上の空というほど緊張しまくっていた。
また、閉会式ではOBから「きょう見てみると元気がない、返事が悪い」と苦言も。技術ではないので、指導者には頭が痛い指摘だった。このあと、つば九郎は燕市横田、知的障害者更生施設で「つばくろの里」も訪問して燕返しではなく、東京へとんぼ返りした。