【悲報】「サンドパン」の早通屋が突然の廃業、三条っ子に衝撃 (2016.7.5)

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三条市の学校給食に使われたこともある三条のソウルフードと言ってもおかしくない「サンドパン」で知られるパン店「早通屋(はやどおりや)」(三条市本町2)が、6月30日付けで廃業。突然の終止符に惜しむ声や動揺が広がっている。

6月30日で廃業した早通屋
6月30日で廃業した早通屋

店のパンをひとりで製造していた3代目が急病のため廃業になったらしい。6月下旬に2、3日、休業するといった内容の張り紙があった。そのまま再びシャッターを開くことなたく店閉まいした。

同店のホームページによると、創業は大正10年(1921)ころで、間もなく100年を迎えるところだった。昭和3年(1928)に本町から今の中央商店街に移転し、昭和24年(1949)に学校給食に納品を開始した。

昭和20年(1945)ころコッペパンにクリームをはさんだ「サンドパン」を発売。同店の看板商品といえる人気となり、最後まで早通屋といえば「サンドパン」だった。

昭和42年(1967)に店舗を鉄筋ビルに改築。本寺小路の入り口となる大通りの本町二丁目交差点角に立ち、ランドマーク的な3階建てのビルとなった。昭和55年(1980)にはオープンベーカリースタイルに改装して「ファランドール早通屋」と改称している。

アーケードの早通屋の看板
アーケードの早通屋の看板

3代目は高齢になって体力に不安もあり、近年は廃業に向けてタイミングを図っていたという話もある。

早通屋の廃業を聞いた三条市三条地区の市民の多くが、大きな声を上げて驚く。それほどの衝撃をもって受け止められ、あの味を食べられなくなったことを残念がる。3年前に、同じ中央商店街に店を構えた「キネマ・カンテツ座」の店主、関本秀次郎さん(42)もそのひとりだ。

関本さんは今月に入ってすぐ、店の前で3代目の奥さんと偶然に会い、奥さんから直接、廃業の話を聞いた。それなりの事情があったんだろうと、関本さんはそれ以上は詳しく聞かなかった。

関本さんと奥さんとは5、6年前からの知り合い。「キネマ・カンテツ座」に出店して以来、同じ商店街のよしみもあって、それぞれの店のレシートを持って互いの店を利用すると会計が50円引きになる相互サービスを行ってきた。

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早通屋といえば「サンドパン」(出典:早通屋 - 燕三条Wiki

関本さんにとって早通屋は「学校帰りのおやつ」と言う。本町3の実家に住んでいた小学生のころ、母がいつも早通屋のパンを買い置きしてくれていて、学校から帰ると早通屋のパンを食べるのが日課だった。

家にあったのは、ふわふわのサンドパンと廃番になっていたコンビーフとマヨネーズを載せて焼いたようなコンビーフパンだった。「冬はサンドパンをガスストーブの上で焼くと、外はパリッとして中はクリームがジュッとしみ込んで最高だった」。

キネマ・カンテツ座のメニューでも、パンは早通屋のパンを使った。「店でホットサンドに使ったりした。量産のパンとは全然、違った。すぐにカビも生えるし」。店でフランス料理を提供するイベントでは、早通屋に注文するとそのためだけにフランスパンを焼いてくれた。

できることなら営業の再開を願うのはやまやまだが、後継者がいないと思われ、「とにかく残念と言うほかない」と関本さん。奥さんとの付き合いもあり、わがことのように肩を落としている。

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