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三条まつり最終日の16日、三条市神明町、神明宮(三上行雄宮司)では午前10時半から春季例大祭神事のあと、午後2時からと7時からの2回にわけて同宮舞殿で太々神楽を奉納した。 三条市内の神社が伝承する神楽の演目は全国的にもまれなくらい多いことから、6つの神社の合わせて32舞が昭和38年に「三條神楽」として県の無形民俗文化財に指定されている。神明宮はそのほとんどの舞を保存する中心的な存在だ。 午後2時からの奉納は「先稚児の舞」から。2人の稚児がいずれも金色の冠、手に鈴、扇子を持って春夏秋冬の今様を詠った歌に合わせて舞った。 天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸にお隠れになったとき天児屋根命(あめのほやりのみこと)が幣(へい)をおつくりになり、大神なきあとの不浄を清めるための修祓(しゅうばつ)の行事に由来されたと言われている「宮清(みやきよめ)の舞」。 「地久楽(ちきゅうらく)の舞」では、天長地久を祝って、天忍日命(あまのおしひのみこと)が天の岩戸の前で国家安全と子々孫々の繁栄を祈りつつ舞ったと言われ故事に仕立てた舞を大きな振り付けで力強く舞った。 「榊の舞」では、天孫降臨の際、猿田彦命(さるたひこのみこと)が榊(さかき)を持って悪魔を追い払った故実による舞を稚児4人が緊張して舞った。 舞が始まる前から拝殿内の見物席には60人ほどの人が集まった。榊の舞が始まると、稚児の親や親せきは「あっ、踊るよ」「ほらほら」と舞の邪魔にならないよう小声で話して見守っていた。 境内には露店目当てに集まった親子連れや小中学生など200人ほどの見物客が買い物に夢中。舞が始まると何事かと舞をながめる子どももいたが、ほとんどが大半の魅力には勝てなかった。それでも好むと好まざるとにかかわらず舞の奏楽はBGM代わりとなり、三条のまつりを“記憶”にとどめていた。 ■Copyright (C) kenoh.com Allrights Reserved. |
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