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森本敏拓殖大教授がイラク情勢と北朝鮮を中心に講演(2003.6.5)
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三条信用金庫(杉野良介理事長)と同金庫の外郭団体さんしん会は、4日午後1時半から同金庫本店で第7回さんしん経済講演会を開き、テレビでのイラク攻撃や北朝鮮問題の評論でおなじみの拓殖大学国際開発学部教授の森本敏さんを講師に「米国の国家戦略と日本の対応〜イラク情勢と北朝鮮〜」のテーマで聞いた。
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250人が森本拓殖大学教授の講演を熱心に聴講した第7回さんしん経済講演会
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経済界の著名人などを講師に年2回、講演会を開いており、さんしん会の会員や経営者ら約250人が参加した。
講師の森本さんは昭和16年生まれ。防衛大学理工学部卒業して防衛庁、54年に外務省に入省し、在米日本国大使館一等書記官などを歴任、一貫して安全保障の実務を担当。専門は安全保障、軍事管理、防衛問題、国際政治。野村総研主席研究員、慶応大学非常勤講師などを歴任して平成12年から拓殖大学国際開発部教授。森本さんは紺のスーツに渋めのグリーン系のネクタイ。ロマンスグレーで、ソフトな笑顔と語り口で1時間半、話した。
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講師の森本敏拓殖大学教授
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「人間が住んでいる『今日』とは、長い歴史の中でいかような時期に差し掛かっているのか常々、考えます。後世の歴史家は(今の時代を)どう書き加えるんだろう。おそらく冷戦直後と書くのだろう」と、未来から歴史という長いスパンで振り返った現在の状態を知る視点を示した。
米国中心の西側諸国の第1世界とソ連中心の東側諸国の第2世界との対立構造が1991年のソ連の崩壊でなくなったことにふれ、それから「ことしで12年。12年しか経っていない。12年前は近代の歴史の変換期」と続けた。
1991年1月に始まった湾岸戦争では、「そのころ私は外務省にいた。オペレーションの責任者。政務次官は鈴木宗男さんだった。鈴木さんは、当時は人畜無害でたまにアンパンを持ってきてくれて、鈴木さんといえばアンパンの印象くらいだが、今にして思えば、あのアンパン代はどっからでたのかなー」と話すと、会場は笑いでわいた。
冷戦後の12年を説明する注目された論理はあるものの、はっきりと見つからないまま今日まできていることに、「現実にこの12年を説明すると、米国の一極主義と他国主義の共存。米国が圧倒的な力を持ち、もう一方で互いに協力、相談し合い、自らの利益を求める多国間協力、協調で協力し合い、すべての国がお互いに安定を目指す」という見方を話し、その構図が先のエビアンサミットや京都議定書の問題からも理解できるとした。
「われわれ(日本)は両股かけている。国家安定は多国間では守れない。日米関係が万全でなければできない」、「日本は米国を無視しては生きてはいけない。米国の一極性は最低、半世紀は続く。中国やロシアが米国と争うようになるには50年以上かかる。正しく認識し、国益に照らして考えなければいけない」と、日本が世界で生き残るには二股外交はが不可避であると持論を展開した。
米国がイラク攻撃をした理由やまだ日本政府が一般には発表していないという北朝鮮の核開発などの話に満員の聴講者は真剣に聴き入っていた。
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