三条市出身のヘアメークアーティスト、長谷川由加子さん(38)。東日本大震災でふるさとへ避難している人たちの役に立ちたいと、CMや映画のヘアメークに活躍している技術やセンスでヘアカットのボランティアを行っている。
14日は午前9時から正午まで、避難所となっている三条市勤労青少年ホーム「ソレイユ三条」の音楽室でヘアカットのボランティア。救援物資が入った段ボール箱が雑然と置かれ、手ごろな物資を探す人も出入りする。
長谷川さんは一抱えもある商売道具が詰まったバッグを広げ、長テーブルにブラシやはさみを並べた。持参のiPadでBGMも流し、即席の美容室の完成。男性2人、女性3人の髪をカットした。
実家は由利にある衣料品や化粧品を扱う「おしゃれハウスアイゴ」。高校を卒業すると上京して6年間、美容師として働いた後、ヘアメークの学校へ通い、ヘアメークのアシスタントに就き、そしてフリーランスに。ヘアメーク事務所「シルフ」=東京都世田谷区=に所属し、CMをはじめ映画などでヘアメークを手掛け、サントリー「BOSS」のCMの仕事も受けている。
東日本大震災の発生による仕事への影響は大きい。テレビCMが軒並み公共広告機構のCMに差し替えられたことからもわかるようにCM制作がストップし、長谷川さんが受けていた仕事も次々とキャンセルになった。
ふるさとの三条市へ被災地から大勢の人が避難していることを知った。「何かわたしにできることは」と思い立ち、三条市の被災者総合支援センターへ問い合わせた。ヘアカットの需要が高いと聞いた。老人ホームや福祉施設でヘアカットのボランティアをした経験がある。地元の美容師も募集して一緒にヘアカットのボランティアをしようと考えたが、調整するうちにヘアカットは地元の美容師で足りていることがわかった。
いったんはあきらめたが、仕事が戻るのをじっと待っていても仕方ない。3月28日から一般のボランティアに参加した。ソレイユ三条とやはり避難所を開設するサンファーム三条で主に配膳などの活動を行った。
空き時間に避難所の人たちと話しているうちに仕事の話になり、「うちの子どもの髪を切ってほしい」というリクエストが。一も二もなく引き受け、主に子どもたちのヘアカットをした。仕事の都合で4月1日にいったん東京へ戻ったが、再び三条へ。14日からしばらく三条に滞在の予定だ。
「皆さん、本当はふるさとのなじみの美容師さんに髪を切ってほしいんでしょう。それにはわたしはかないませんが、ちょっとでもその代わりができればいいなと思います」と長谷川さん。「ヘアカットをしたときに、初めて大声で笑ったと言ってもらえたのは、うれしかったです」と手応えも感じる。
一方で、避難している人たちは「すごくいろんな気持ちを抱えていらっしゃいます」。ヘアカットしながら世間話から始まり、地震の起きた瞬間の話も何度も聞いた。一度、地震の話になると、せきを切ったように次々と被災の様子を話してくれる。
避難している人たちの心の変化も感じる。3月に来たときは「あとどれくらいでふるさとへ帰れるかという話が多かった」。それがこの日は、「避難所での来年の話をしたり、冬は三条は雪が降ることを話したり」。避難の長期化が避けられないことを覚悟したようすを感じとった。
2004年の7・13水害では、長谷川さんの実家も高さ1.5メートルもある水につかった。家の中は泥まみれになった。「先が見えないとは、このことかと思いました」。
仕事柄、時間をやりくりできるので、何度も東京と実家を往復して実家の後片付けを手伝った。実家の仕事関係の人からも手伝ってもらった。多くの三条市民が今の震災被災者に対する支援の気持ちと同じように、長谷川さんのヘアカットのボランティアにも「その恩返しになれば」との思いが強くある。
いずれにしろ、結果的に震災が長谷川さんをふるさとへ向かわせた。地元の同級生や友だちと会い、東京では代々木公園で花見をしたが、「もう1回、花見ができる」とサクラの開花を心待ちにしている。もちろん、ヘアカットも「お呼びがかかればいつでもやらせていただきます」と避難所の人たちの要望を待っている。