3月の第3日曜に恒例の燕市成人式が18日、燕三条地場産業振興センターで行われた。昨年は直前に東日本大震災が発生したが、ためらないながらも実施。それから1年たったことしは、予定通りの実施となった。
ことしの燕市成人式の対象は、男481人、女437人の計918人で、そのうち750人が出席。出席率81.6%で昨年の79.2%を上回った。昨年の燕市成人式は3月20日で、東日本大震災から9日後。国内はイベントに自粛ムードに包まれるなか、新成人でつくる成人式実行委員会は延期せずに実施する判断をし、その責任を市長、教育長が引き受ける形で内容を変更して行った。
当時としては「強行」と言われかねない実施。式典中に地震があり、新成人の携帯電話からいっせいに緊急地震速報が鳴り響いて緊張が走るひとこまもあった。受け付けでは昨年に続いて東日本大震災義援金の募金箱を設置し、冒頭で犠牲者を追悼する黙とうも行った。
開会のことばで藤沢健一教育長は昨年の成人式を振り返り、「今、わたしたちは予定通り物事が進むことのすばらしさ、ありがたさをかみしめることができる」。昨年の成人式の思いを引き継ぐプログラムにしたと聞き、実行委員会の「社会を見詰める温かいまなざしと的確な判断」に敬意を表した。
鈴木力市長は、今も不自由な生活を余儀なくされる被災者は数多く、燕市内にも140人が避難生活を送っていることにふれた。成人になることは「地域社会の一員としてこれからの未来を担っていく義務と責任が生じること」。日本には大変革が求められており、再び活力と希望を取り戻す必要があり、その原動力となるのが「君たち若者」と示した。
明治維新は坂本龍馬、西郷隆盛、経済大国はソニーの井深大、本田技研工業の本田宗一郎の名を挙げ、若い力が新しい時代を切り開いてきた。今のこの難局を乗り越え、切り開く推進役に期待されるのが「そう、君たちの世代」と重ねて期待した。
成人式を自分が社会に何をできるかを考える機会とし、夢や希望に向かって歩み、地域の発展や日本の復興のために「自覚をもって行動してくれるものと信じている」。失敗や悩みも何度とあるだろうが、そのときはフォークデュオ「ゆず」の『栄光の架橋』を思い出すよう求めた。
家族、恩師、信頼できる仲間との絆を大切にしながら「感謝の気持ちを忘れずに自らの力で困難を切り開いていってください。わたしは君たちがふるさと燕市に誇りをもち、それぞれの分野で活躍されることを心から期待しています」、そして「新成人の皆さんが築き上げていくみらいがすばらしいものでありますようお祈り申し上げる」と結んだ。
成人式実行委員の新潟大学2年鶴巻達大さん=燕中出身=と新潟国際情報大学2年明田川由佳さん=分水中出身=が新成人を代表して二十歳の決意を述べた。鶴巻さんは、東日本大震災にふれ、「今は未熟でもこれから先、困っているような人を助けられるような人間になりたいと強く思っている」、震災を通じて20年間生きることは「それだけですでに奇跡」と感じた。「成人として自立し、責任をもった行動をとり、人を思いやる心をもたなければなりません」と話した。
明田川さんは、「今回の大震災であらためて命の大切さを考えさせられました。自分が今、こうして生きていることの尊さを忘れずに日々を過ごしていきたい」。「これからも出会いを大切にし、そのなかで視野を広げながら自分自身を成長させていきたいと思います」と述べた。
式典のあとは新成人10人を委員とする実行委員会(山口優香実行委員長)の企画で、燕南小学校出身で難病のために若くして亡くなった女性が作詞した曲『笑顔を忘れないで』を被災地や燕市内の避難所のようすを撮影したスライドショーの上映とともに合唱し、燕市被災者サポート支援センターで働く福島県から避難している3人による寄稿を朗読。アトラクションで抽選会を行ったあと、出身中学校のクラス別に記念撮影を行って終わった。
女性は振り袖、男性はスーツのほか、男女ともはおりはかま、女性の洋服もあった。式典では大声を上げる新成人もいたが、進行の妨げにはならなかった。震災直後のいわばショック状態のようだった昨年ほどではないが、比較的、静かで落ち着いた成人式だった。
とはいえ、式の前後は久しぶりに再会した友だちに笑顔があふれた。「あー、いたねー!」、「超かわいいねー、やばい、やばい!」、「誰かわかんなかった!」、「また合コン開くかも」とにぎやかだった。気温は高く弱い雨の降る春雨。新成人は一気に春が到来したような振り袖で会場をあとにしていた。