藤井大輔&芳輔の鉄道コラム「鐵道双見」
JR東日本が「2012年9月ダイヤ改正について」を発表、9月28日で上越新幹線から「E1系Max」が定期列車の運行から退き事実上全車輛が廃車へ (2012.7.19)

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5日、JR東日本から「2012年9月ダイヤ改正について」が発表され、9月28日を以て上越新幹線から「E1系Max」が定期列車の運行から退き、事実上全車輛が廃車される。

今回は緊急特別編として、「E1系Max」について綴ってみたいと思う。

日本初の全車輛2階建て「マンモス新幹線“Max”」

1990年代前半、東京都心部の高い地価からマイホームは都心から遠ざかり、新幹線で遠距離通勤する姿が多くなってきた。これは新幹線通勤定期の税制変更があって増えてきたという背景があった。なにはともあれ、新幹線の列車を増やそうにも増やせない事情もあった。それは1990年に乗り入れた「東京駅」のホーム問題だった。東北・上越新幹線に加え、東北新幹線に併結して山形新幹線も乗り入れたが、東京駅の東北・上越新幹線ホームは1面しかなく、一部の列車は上野駅止まりまであった。せっかく新幹線で通勤しても座席に座れないのは高い料金を払っている通勤者にとって不満なことだった。

 6月23日に大宮駅で盛岡駅に向かう30周年記年号を撮影
「E1系電車“Max”」の旧塗装の車体、今は存在しない

それで、限られたスペースでより座席を多くする方法が編み出された。それが全車輛2階建てという「マンモス新幹線“Max”」だった。新幹線車輛では1輛が2階建てという車輛は東海道新幹線の100系電車で登場していたが、全車輛が2階建てというのは日本初だった。

2階建てにするには、車輛の台車(車輪)と台車の間の床下を低くしなければならず、平屋建ての新幹線車輛であれば床下に据えつけていたさまざまな機器をどこかに持っていかなければならない。それだけでなく、モーター出力を大きくしたりして機器の数も減らしてコンパクトにしなければならない。

「600系電車」として開発が進んだ車輛は、1994年7月に「E1系電車“Max”」として登場した。“Max”はMulti Amenity Expressの略で、決してマンモスは関係ない(笑)。

全車輛2階建ての実現に向けて施されたさまざまな改良

1編成の車体重量は692.3t、同じ時期に製造された東海道・山陽新幹線用の300系電車では16輛編成で710tと、1輛平均で10トンも重い車体となった。高さも300系電車が3.3mに対して、E1系電車は4.5m、空間ギリギリまで車体を大きくした車体だった。モーターも強力化し、200系電車の230kWに対して410kWに増強して、モーターの数を減らしながら加速性能を維持し、最高速度も240km/hを維持できた。これは可変電圧可変周波数制御(VVVF制御)がJR東日本の新幹線車輛では初めて搭載されたのが大きい。そのため、それまでの新幹線車輛では、ほぼ全車輛にモーターを積んだ電動車だったのが、E1系電車では電動車を6輛にして、付随車(トレーラー)を6輛として車体重量を軽くした。

それでも、モーターを床下から車端部に移したため、新幹線のホームに滑り込んでくるE1系電車はものすごいモーター音を響かせて入ってくる。上越新幹線のホームは豪雪から守るため全面的に屋根で覆われていることもあり、「モンスター」とでも呼びたくなるほどの轟音をたてて入ってくるのは圧巻である。

 2002年6月、大宮駅で撮影
2002年6月、大宮駅で撮影

座席定員数は1,235、200系電車12輛編成では約890名が定員なので、約1.4倍に増えた。自由席用の1号車〜4号車は3人がけ座席と3人がけ座席が通路を挟んで並び、それまでの2人がけ座席と3人がけ座席よりも定員を増やすことした。ただ、これは肘掛けがなく実際に乗ってみると少し窮屈に感じてしまう。そのほか、1階席は従前の新幹線座席配置と同じ、2人がけ座席と3人がけ座席とし9号車〜11号車の3輛の2階席はグリーン席とした。

E1系電車は登場後、朝の通勤時間帯に〔Maxあおば〕や〔Maxとき〕(今の〔Maxたにがわ〕に相当する列車)に充てられ通勤需要に応え、昼間時間帯に〔Maxやまびこ〕や〔Maxあさひ〕の運行に用いられた。

E1系電車の後継、E4系は事実上、上越新幹線専用車輛に

1997年にE1系電車の後継となる「E4系電車“Max”」が登場した。この時点でE1系電車のさらなる新造はなくなり、E1系電車は6編成、72輛で製造が打ち切られた。このE4系電車は2階建てこそ変わらなかったものの、8輛編成と短くして、2つの編成をつなげた16輛編成として運行できるようにしたり、山形新幹線〔つばさ〕と併結でき、冗長性が増した新幹線車輛が登場した。

1999年12月のダイヤ改正以降は東北新幹線での運行から外れ、上越新幹線でしか運行されず、事実上「上越新幹線専用車輛」となり〔Maxとき〕〔Maxたにがわ〕で運用されるようになった。そのこともあり、2003年〜2006年に実施された内外装のリニューアル工事では、車体外装の色を「朱鷺(トキ)色」のラインを配した色に塗り替え、車体側面にある“Max”のロゴには羽ばたく朱鷺が描かれた。

 2002年12月のダイヤ改正で、〔Maxあさひ〕から〔Maxとき〕に列車名が変わったときの上り東京行の〔Maxとき〕一番列車、2002年12月、大宮駅で撮影
2002年12月のダイヤ改正で、〔Maxあさひ〕から〔Maxとき〕に列車名が変わったときの上り東京行の〔Maxとき〕一番列車、2002年12月、大宮駅で撮影

2004年10月の新潟県中越大震災(新潟県中越地震)で2ヶ月間、一部区間で運行できなかった上越新幹線が全線で運行再開するときには「がんばっていこう!新潟」のロゴも加えられた(今は貼られていない)。そして、2005年に新潟県が発行した「新潟県中越大震災復興宝くじ」には、E1系電車が図柄に選ばれた。

 2005年9月撮影、「がんばっていこう!新潟」のロゴ
2005年9月撮影、「がんばっていこう!新潟」のロゴ

2012年3月のダイヤ改正で、東北新幹線〔はやぶさ〕〔はやて〕用のE5系電車が続々と登場し、玉突き式に、E2系電車がE4系電車の代わりに入り、E4系電車が上越新幹線用に転属して、E1系電車での〔Maxとき〕〔Maxたにがわ〕にE4系電車が入り、4月に2編成(24輛)が廃車、解体された。残るE1系電車は4編成(48輛)で、E1系電車で運行される〔Maxとき〕〔Maxたにがわ〕は少なくなってしまった。

今の「E1系電車“Max”」、2012年5月、大宮駅で撮影
今の「E1系電車“Max”」、2012年5月、大宮駅で撮影

まさに、1999年から13年間、上越新幹線専用として走り続けてきた「E1系電車“Max”」は、2012年9月28日、翌日のJR東日本の新幹線ダイヤ改正を控え、越後湯沢23時53分着の東京発〔Maxたにがわ431号〕を最後に定期列車から姿を消す。

(藤井大輔)

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