工事中の国道289号「八十里越」で結ばれる新潟県三条市と福島県只見町の両市町商工会主催交流事業が16、17日の2日間、三条市で行われている。交流事業に参加するため、只見町からの一行40人は16日朝、マイクロバスに乗り、工事用道路を使って初めて「八十里越」を車両で越えて三条市を訪れた。全線開通の悲願達成に向けた最後のマイルストーンとも言える歴史を刻んだ。
八十里越道路は、全線開通の見通しはたっていないが、工事用道路を使い、建設中の県境トンネルの9号トンネルを福島側に抜けると、7号橋梁の仮橋が架かっており、物理的には新潟‐福島間の通行は可能になっている。ことし7月にはその仮橋を両市町の子どもたちが歩いて渡り、同道路を使っての初めての県境越えを行った。
ことし6月の「八十里越道路暫定的活用検討懇談会」では、国交省は仮橋はあくまでも工事用で、暫定的でも一般車両の通行はできないとしていたが、只見町の強い要望からその後、事務レベルでの協議が行われ、この日、車両での県境越えがついに実現した。
絶好の秋晴れに恵まれた。午前9時ころ、第8号トンネルの新潟県側で下田商工会の鳶田眞六会長はじめ会員、国定勇人三条市長、渡部長務国土交通省長岡国道事務所長など30人余りが歓迎の横断幕などを掲げて、只見町からマイクロバス2台で県境を越えてきた一行40人を迎えた。マイクロバスの正面には「八十里越道路祝県境初越え」の文字のある幕を誇らしく掲げてあった。
バスから降りた只見町商工会の菅家会長は、下田商工会の鳶田会長と両手で握手し、さらに、国定市長とも握手。「感激、ひとしおです」と互いに言葉を詰まらせた。菅家会長は「この日を迎えたくて、多くの方々が夢に見ていた。果たせずに逝かれた方々も多い。背中に重いものを背負っている」、国定市長は「天国の皆さんもよくやったと言ってくださっていますよ」と互いに握った手に力を込めた。
セレモニーのあいさつで鳶田会長は、「近くて遠い隣の町只見町が、道路が開通すると本当に近くて近い只見町になります」と、本当の全線の早期開通を願った。
国定市長は、福島ナンバーのバスが県境を越えるようすに「こんな感情になるのかなと心が乱れ、涙腺がわずかにゆるんだ」。先人の長年の尽力で「ここに立たせていただいた」、「幸せな瞬間を果たさせていただいた幸運に恵まれているという感謝の気持ちでいっぱい」と喜んだ。
三条と只見は時空を超えた結びつきの強い地域で、深いロマンと文化と歴史が漂う。ふつうの道路とはひと味もふた味も違うことをあらためてひしひしと感じ、「全線開通を願いながら、良き友人、隣人として末永いお付き合いを」と歓迎した。
福島側を代表して菅家会長は、8時過ぎに只見町役場を出発する前から「感情がこみ上げてくる状況」と話した。自身も数十年にわたって開通のために力を尽くしてきた。多くの先輩に支援され、励まされてきたことがよみがえった。「会津からやってきた一人ひとりが、数十年の時間を思い返している」、「たった1時間でここに着きました。本当に近いお隣になった」と感激を言葉にした。
会津は南会津、会津、奥会津を合わせても人口3万数千人で、一緒になっても三条市のパワーに及ばないが、「奥会津全域で心ひとつにして、越後の三条の皆さんと思いを込めた長いお付き合いをきょうから始めさせていただきたい」と一言一言、ゆっくりかみしめるように話した。
続いて、八十里越の工事概要の説明を受け、トンネルの前で記念撮影と万歳三唱。バスに乗って三条へ向かう途中の新潟県側の工事用ゲート前で、下田地区の名下(みょうげ)保育所と荒沢保育所の園児30人近くが「ようこそ三条へ」と書いた小旗を振って出迎えた。
交流事業は1泊2日で、初日16日は、コロナ(株)、燕三条地場産業振興センター、燕三条駅、三条鍛冶道場を見学し、午後4時半から公楽=高岡=で交流懇談会、宿泊。翌17日は(株)スノーピークを見学、諸橋轍次記念館で講演を聴き、いい湯らていで昼食のあと午後1時半に帰る。両商工会の交流事業は、3年前から行っており、来年は三条市から車で只見町に行く計画だ。