三条の小正月の風物詩、八幡宮(藤崎重康宮司)の献灯祭がことしも14日夜から行われた。拝殿の33本の大ろうそくに夜通し火をともし、参拝客は揺れる火に商売繁盛や家内安全を祈願した。
献灯祭は江戸末期の安政年間に始まったといわれる。拝殿には、重さ8貫目(30キロ)のろうそく2本を最大に、5貫目30本、3貫目1本の計33本が拝殿にずらりと並んだ。
藤崎宮司が神事を行ったあと、国定勇人市長を皮切りにろうそくの献納者は、世話方から火打ち石を打ってもらってからそれぞれの大ろうそくにろうそくから火を移して点火した。
続いて7時半から境内奥の金山神社でも同様に神事と650匁(約2.4キロ)のろうそく約90本の点火が行われた。
日中は青空が広がり、夜になっても風は弱く穏やかな天気だったが、午後7時の気温は-0.8度とすでに氷点下に冷え込んだ。シャーベット状だった境内の雪も凍り始めた。
境内には30近い露店が並んだ。夜空には2日後に満月となる丸い月が明るく光り、星が瞬いた。境内は頭の上に色とりどりのちょうちんが連なり、たきあげの炎が周囲を赤く染めた。その風景に女子高校生も「いいね、この祭りの雰囲気」。
冬の真っただ中の献灯祭は吹雪も当たり前だけに、参拝者は「月が出てんだもん」、「きょうはいい日だね」と、荒れさえしなければ多少の積雪や冷え込みも風情の演出として歓迎していた。
ただ、その割には参拝は少なかったようで、拝殿から延びる行列もほぼ境内に収まる長さ。露店商も「正月休みが長過ぎて正月気分が抜けてしまったのかな」とプロの目で分析していた。
拝殿のなかでは、神事が終わったあとも厄払いに訪れる人が切れ目なかった。ろうそくの火は守るのは、世話方の役割。冷え切ったろうそくが熱をもって割れることもあると言う。溶けたろうそくが上面からあふれてこぼれ出すと危険なので、世話方は15日午前5時ころまで夜通し火を見守る。