三条市では、日本画家の名誉市民、岩田正巳(1893-1988)の生誕120周年記念事業として1月に市内2会場で岩田正巳展を開いたのに続き、11日から3月2日まで三条市歴史民俗産業資料館で「日本画の線・岩田正巳の線」を開いており、岩田正巳の端正な描線に注目し、その表現に至る過程を模写や本画を展示して紹介している。
仏画の模写が9点と本画6点を展示する。岩田正巳が師事した松岡映丘は、大和絵を近代化した新興大和絵運動に取り組みながらも伝統的な線描表現も軽視せず、弟子には古画に学び、模写に励むように指導した。岩田正巳も松岡映丘から「日本画をやるなら最高の仏画をやるのが大切だと映丘先生に言われ、学生時代にかなりの数の図像集を映した」と回想している。
その模写した作品が展示している大正時代に製作された仏画。190×116センチの阿弥陀如来を描いた大作のほか、法隆寺金剛壁画、中尊寺金剛華鬘(けまん)、教王護国寺十二天図などを描いている。1点が鉛筆のほかは墨で描線している。そのもとになった仏画の画集なども展示している。
そこで磨いた線の美しさを余すことなく見せてくれるのが、続いて展示している「相模太郎」と「霜刃(そうじん)」。いずれも背景を描かず、抑制した彩色や描線で線の美しさが際立っている。
さらにそれがサルの優しい毛並みを描写した昭和20年代の「狙仙(そせん)」、女性が着た着物の細いしま模様の線の色や太さ、間隔で立体感を表現した同28年ころの「さえずり」へと続き、模写で磨いた描線の技術やセンスが自身の作品に昇華されていくプロセスを展示作品から見て取ることができる。
さらに東京美術学校日本画科卒業してすぐの大正3年の「虎渓三笑(こけいさんしょう)」は、のちの岩田作品にはほとんど見られない漢画的な手法で描かれている。それから8年後の大正11年、同校研究科を卒業したころの「観世音菩薩」では、良く見る岩田作品と同じ線が描かれており、その違いは別の作家の作品ではないかと思うほど歴然だ。
先の岩田正巳展では、とくにテーマを設けずに岩田作品を集めて展示したが、今回は線をテーマにしてよりアカデミックに岩田作品を掘り下げて鑑賞してもらっている。