「三条市文化芸術に関する懇談会」の提案で、全国規模で伝統ある公募展などで優秀な成績をおさめた三条市の若手芸術家を支援する事業「三条市若手芸術家支援事業」の第1弾として、8日から13日までの6日間、三条東公民館で日展入選などで書の世界で活躍する中村暢子(なかむら・のぶこ)さん(45)=三条市月岡=の書展「高みへ…新たなる挑戦」が開かれる。
2つの多目的ホールを使って作品を展示。多目的ホール1には4つのテーマを設けた作品群で構成。多目的ホール2には7点を展示する。得意な“かな”の作品が並ぶが、多目的ホール1は、展示手法にも注目だ。
4つのテーマは「続く」、「積む」、「流れる」、「揺れる」。「続く」は、幅1.6メートル、長さ16メートルもあるロール紙を使った横長の大作で、和泉式部日記を書いた。
中村さんにとっても過去最大の作品で、全部を広げて書くスペースはなく、5メートルずつ広げて書いては、次の5メートルを広げて書いた。先に小さな紙に書き、それを下絵代わりにしたが、全体を見渡せないのが難しい。中村さんも作品を会場に入れて初めて作品全体を見た。「どれも思い通りじゃないですよ。それでも書いているときは達成感がありました」と言うが、視界に収まりきらないほどの大作は、心を揺さぶらずにはおかない。
「積む」は、数十点の作品を山になるように積み重ねた。ひとつの作品を完成させるために書きためた、おびただしい数の日の目を見ることのなかった作品だ。次に書くときの修正を朱墨で書き入れた作品もあり、中村さんが発表する作品を得るまでのプロセスも垣間見える。
中村さんは「言ってみればごみですが、書いたものの積み重ねと同時に、いろいろな人との出会いから助けてもらい、出会いの積み重ねでもあります」。歩んできた創作の歴史の積み重ねでもある。
「流れる」は、4色の5×0.9メートルのサテンの布に、それぞれ橋下多佳子、中城ふみ子、和泉式部、鈴木しづ子の歌や句を書いた。それらをイーゼルにかけ、床にはわせた。書が川を流れるような躍動感のあふれる展示手法だ。
そして最も意外性があるのが「揺れる」。一部の短いものを除いて3×0.3メートルの9枚のオーガンジーの布に、「流れる」に書いた作家のほか、多代女、九條武子の作を書いた。文字通り作品が揺れる。照明のレールを利用して上から作品を垂らす。布は玉虫色のように照明の当たる角度によって色を変えるので、揺れを強調して見せる。
作品の近くを人が歩くと、その風で作品が揺れると踏んだ。展示してみると、歩かなくても空調の風で揺れた。さらに向こうが透けて見えるほど薄い布のため、照明によって書が壁に映るという予想外の効果も生み出した。“静”である書に“動”や“時”を重ね合わせて見せてくれる。
中村さんは昨年夏に書展の依頼を受けたときから何度も会場へ足を運び、会場にあわせた創作を構想した。会場全体の空間構成まで生かし、“若手芸術家”の名にふさわしい意欲的な展示になっている。
中村さんは、長く三条高校で書道教諭を務めた中村城翠(じょうすい)さん(76)の長女。とくに書道の英才教育を受けたわけではないが、子どもころから書道に親しんだ。しかしピアノの方が好きで、音楽の道へ進もうと考えていたが、三条高校に進んで間もなく、ピアノの才能がないと言われた。当時、城翠さんは書道部の顧問で、部員が少ないこともあって勧められて書道部に入部した。
新潟大学教育学部特別教科書道教員養成課程へ進んだ。かなを目指したが、大学の書風とは異なり、迷った。働きながら書を続けようと決め、卒業すると金融機関に就職したが、しだいに忙しくなって休みの日は家で泥のように眠る日々。26歳のときに師と仰ぐ旧白根市出身で東京都三鷹市に住む書家、日展会友原奈緒美さんが新潟市で教室を開くことになったのがきっかけで、旧巻農業高校で常勤講師の仕事を見つけて退職した。
その後も高校の常勤講師や非常勤講師を務めたが、若手のためにも講師の席を譲ろうと2010年ころにすべてやめた。
一方で個展を開き、城翠さんと父娘書展を開いたこともある。日展には過去5回入選。2011年に中村さんが主宰するグループ「ー書創ー綺羅(きら)」が発足。兵庫県に本部を置く書道香瓔会(こうようかい)の理事に就き、地元でも新潟県書道協会理事や三条美術協会副理事長を務める。
今回の書展の前週に同じ三条東公民館を会場に「ー書創ー綺羅」の作品展を開いたばかり。その日程を先に決めていたので、三条市からの書展開催の依頼に迷ったが、「ひとりでこれだけの会場を使えることはなかなかない」とチャレンジすることにした。
「人がやっていないことをやってみようと思った。会場をひとりで使うからこそできることがある。ふつうの人が書道にもつイメージを覆すようなものがやりたかった」。それを多目的ホール1の会場で形にして見せる。
芸術、文化の継承には、「縦のつながりが必要。上から伝わっていくものがある」が、それだけで終わってはならない。「古いままでは仕方がない。伝統的な書が本来もつ魅力を生かしながら現代につなげる。和だけどスタイリッシュでいたい」。その意欲が「人に見てもらって、あっと言わせる自信はある」という言葉につながる。
多目的ホール2には、ことし1月に神戸で開かれた香瓔会選抜展に出展した作品も展示する。毎日午前10時から午後6時まで開場。初日8日は午前10時から開場式のあと10時半から中村さんがギャラリトークで作品を解説する。
翌9日は午前11時から席上揮毫(きごう)を行い、「流れる」で書いた作品のうち2点を同じサイズであらためて来場者の前で書くパフォーマンスを行う。さらに午後2時からワークショップ「あかりを文字で飾ろう」を開き、中村さんの指導でLEDライトを飾る書をデザインしたランプシェードを作る。参加費500円、定員10人で7日現在、まだ数人の空きがある。