燕市景観作物推進協議会(浜田勝人会長)は、18日午前9時前から燕市吉田新保地区の吉田ふれあい広場西側の田んぼをカンバスに稲穂で描く田んぼアートの田植えを行い、約300人が参加して手で田植えした。
ことしで8年目になる毎年恒例の田んぼアート。稲穂の色がことなる4種類のイネを栽培し、田んぼに文字やイラストを描くもので、ことしは燕市分水地区の砂小塚に生まれたと伝わる酒呑童子(しゅてんどうじ)のイラストを描く。
強風を伴って弱い雨が降り、上着を着ていても肌寒いあいにくの天気だった。参加者のほとんどは付近住民で、広さ40アールの田んぼに長靴で入り、昔ながらに腰を曲げて苗を田んぼに差して手植えした。
東日本大震災で燕市に避難していた福島県の南相馬市民でつくる「南相馬燕会」(会員約140人)の会員12人と南相馬市職員4人の合わせて16人も17、18の1泊2日の日程で参加した。
市職員のうち2人は農政課。来年、南相馬市でも同じような田んぼアートを行う視察も兼ねている。南相馬燕会代表の水谷数雄さん(67)は、福島の農作物に風評被害があり、農家もコメを作るより補償をもらった方がいいと作付けしたがらないとのことで、「ひとつ景気をつけてやろうと思って」と南相馬市での田んぼアートを提案し、市でも取り組むことになった。
実際に田んぼアートを視察して、考えていたより意外と難しく、「市の職員は頭を悩めてました」と水谷さん。また、宿泊先は燕市温泉保養センター「てまりの湯」にしたが、体育館などに開設された避難所での生活を思いだそうと、あえて大広間を借りてみんなで布団を並べて寝た。「燕市のようなおもてなしは南相馬市にはできないよと話してました」と水谷さんはあらためて燕市への感謝の思いを強くしていた。