アウトドアブランドの株式会社スノーピーク(山井太代表取締役・本社三条市中野原)は19日、ジオ・ワールド ビップで東証マザーズ上場の記念式典と祝賀会を開き、これまでのさまざまな支援に感謝するとともに、出席した約350人は新潟県内では39社目の上場、7年ぶりの株式公開を果たした同社の偉業を祝福した。
太鼓芸能集団「鼓童」のオープニングに続き、代表取締役の山井太氏があいさつ。山井氏は上場に至る経緯や取り組みについて話した。
初めて具体的に上場を意識したのは5年前、株式会社ハードオフコーポレーション代表取締役会長兼社長の山本善政氏に初めて会ったとき。社長室で山本氏から東証で株式公開したときに贈られるブロンズ像を渡され、「お前は男として生まれたんだろ。経営者をやってるんだろ。なぜ東証一部を果たさないんだと、いきなり初対面で言われた。なぜか、その一言が非常にシンプルながらぼくの心に刺さって多分、その直後にわたしは上場しますと言ったと思う」といったやりとりをしたエピソードを紹介した。
監査法人による上場へ向けた作業を始めた年は、営業利益は2億円だったが、経常利益は6億円の赤字になった。創業以来、営業利益で赤字になったことは一度もないが、その年は最終損益がマイナスになった。20億円の内部留保が1年で14億円に減り、6億円のギャップが上場会社と未上場会社の差だと思い知らされた。
「これから次なる白い頂きを目指して、スノーピークは歩んでいく」。アーバンアウトドアやアパレルといった今までよりいっそう一般のマーケットに近い大きなパイのところで勝負していくとし、「より社会に必要とされる会社になり、燕三条にスノーピークがあって良かったな、新潟にスノーピークがあって良かったよね、日本にスノーピークがあって良かったよね、最後にもっとも大きなことを言うと、地球上にスノーピークがあって良かったよね、という会社にして、わたしはリタイアをしたい」と願った。
「本当に幸せな会社だと思っている。これからも皆さまお一人おひとりとスノーピークが親密な関係を継続させていただきながら、より親密な関係になれるようお願いする」と感謝した。
来賓祝辞で国定勇人三条市長は、三条市に移り住んで12年になるが、三条への移住を決めた要素のひとつが山井氏との出会いだったと話した。「山井氏の人柄にほれ、山井氏が率いる会社の形にほれた」、「山井氏さんこそがわたしの人生を大きく変えた、わたしにとっては大変、恩人でもある」。
同社の足跡は三条市、燕三条地域の中小企業の手本だけでなく、「日本の地方の中小企業のこれから先の歩むべきしっかりとした羅針盤、北極星を提示している」とし、「まだまだ上場したとはいえ、スノーピークのこれからの目線、先があると感じた。夢と希望があふれる展開をさらに期待をしたいと思うし、引き続き、この三条市の、燕三条地域のリーダーとして走り続けることを心から祈念する」と期待した。
さらに来賓のSMBC日興證券株式会社執行役員企業公開本部長の永末昌克氏、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長の望月晴文氏、新潟経済同友会会長としてハードオフコーポレーションの山本氏、三条商工会議所の斉藤弘文氏がそれぞれ祝辞を述べ、シャンパンを開けて乾杯した。
祝宴の後、スノーピーク常務取締役の渡辺美栄子氏がお礼のあいさつを行い、山井氏の母で会長の山井トキ氏、妻で株式会社スノーピークウェル施設長の山井多香子氏も登壇して家族で感謝した。