戦後の燕三条のデザインに大きくかかわった、ともにことしが生誕100年の燕市(旧吉田町)に生まれたグラフィックデザイナー亀倉雄策(1915-97)と三条市の嘱託デザイナーを務めたインダストリアルデザイナー小杉二郎(1915-81)。ふたりの業績を振り返る燕三条・デザインのDNA「亀倉雄策と小杉二郎」展が、25日から10月12日まで燕三条地場産業振興センター・リサーチコアで開かれており、合わせて約50点が展示されている。
亀倉雄策は東京五輪の公式ポスターやエンブレムのデザインで世界に知られるグラフィックデザイナー。グッドデザイン賞のロゴマークやニッポン放送、フジテレビ、NTTなどのロゴマークのデザインで知られる。
展示はポスターやマーク、商品パッケージなどを展示。東京五輪の公式ポスターは、2020年の東京五輪エンブレム問題で再評価されている亀倉がデザインしたエンブレムを使ったポスターもある。
グッドデザインのGマークが亀倉のデザインなのは良く知られるが、伝統的工芸品の伝統マークも亀倉のデザイン。明治ミルクチョコレートのパッケージや一眼レフカメラ「ニコン F」のパッケージ、いけばな草月流の雑誌の表紙、さらに東京ヤクルトスワローズの前身、「サンケイアトムズ」のロゴタイプもデザインし、そのロゴが使われた当時のユニホームも展示している。
小杉二郎は日本のインダストリアルデザイナーの第一世代を代表したひとり。マツダの三輪トラックや軽自動車、家電、ミシンなどで戦後の日本のデザインをけん引した。東京美術学校の恩師でもある三条市出身の染織家、広川松五郎(1889-1952)の紹介で1952年7月から1981年1月に亡くなるまで三条市の嘱託デザイナーを務めた。
小杉がデザインした1960年前後に発売のナショナル製の扇風機やNEC製のラジオやジャノメ製のミシンの実物をはじめ、1960年のマツダ製の「R360クーペ」の同じころの新三菱重工業製のスクーターの写真などを展示する。
地元ではダイニチ工業のストーブ、田中衡機工業所のヘルスメーター、マルト長谷川工作所のワイヤーストリッパーなどを展示する。
同展は有限会社デザインオフィス ジー・ワン(東京都練馬区)代表取締役の大縄茂さん(63)がキュレーションし、作品解説会のナビゲーターも務める。大縄さんはことし春まで5年間、県立三条テクノスクール工業デザイン科の教員を務めた。その間に小杉を研究し、三条と東京で小杉をテーマにしたデザインフォーラムも開いた。
大縄さんは、「DNAということでは、デザインの重要さ、ふたりのデザイン哲学が今も燕三条にとうとうと流れているのではないか」、「本質的なところを伝えたいと、華飾を配して本質だけを突き詰めていくというスタンスがふたりのデザインに対する哲学だった。これをわれわれは今回、DNAと理解し、これを中心に作品をチョイスした」と話す。
毎日午前9時から午後5時まで開場。27日、10月4日、11日の3日間、いずれも午前10時からと午後2時からの2回、作品解説会を開く。入場無料。