無形文化財の鎚起銅器の技を伝えて来年で創業200年を迎える玉川堂(玉川基行社長・燕市中央通2)。その工場長として研さんに励み、人間国宝の父に学んだ木目金(もくめがね)の技術を受け継ぐ燕市の金工家、玉川達士さん(45)の初めての個展が12月20日まで燕市産業史料館で開かれている。
96年に県展に初出品で初入選した「叫び」以降の県展や伝統工芸新作展、東日本伝統工芸展、新潟伝統工芸展、伝統工芸日本金工展など公募展の出品作を中心に37点を展示している。
03年の伝統工芸新作展に初出品で初入選した「木目金花瓶」以降は、ほとんどが木目金という手法で作られた作品だ。木目金は多いものでは16層にもなる異なる金属をブロックのようみ積み重ね、それをたたいて造形を作り上げるとともに、表面を彫って下にある色の異なる金属を露出させることで、木目のような模様を表現できる。
達士さんは10年に重要無形文化財保持者、人間国宝となった玉川宣夫さん(73)の長男。高校卒業と同時に玉川堂で働いている。宣夫さんと言えば、他の追従を許さない木目金の技術で知られる。達士さんも「いつかはやるんだろうと思いながら、なかなかタイミングがつかめなかった」が、玉川社長がほかの職人に木目金の挑戦を勧めたときに、達士さんも木目金に取り組み始めた。32歳のころだった。
最初こそ宣夫さんの道具を借りて金属の板を切るところから金属同士をくっつける作業など基本を学んだけで、すぐに宣夫さんの手を離れた。「木目金は計算が半分、偶然が半分。そこがおもしろい」と達士さん。模倣から始まり、自分なりの作品をつくろうと考えているが「無理矢理、違うものをつくろうとは思わない」と言い、「自分なりに新しいものができたと思うことがあるが、たいてい父親が先にやってる」と笑う。
玉川堂ではふだんから工場見学を積極的に受け入れている。見学の間、職人の仕事の手が止まったり、仕事の流れが滞ったりするが、「あれだけ喜んでもらえれば見学してもらったかいがある」と、達士さんにとっても仕事の励みや誇りにもなっている。
来年は玉川堂が創業200年の大きな節目の年。「社長は責任をもっていろいろなイベントを考えている。うちらは200周年の記念すべき年に、この場所にいられることが幸せ。これから準備も大変だが、言われたことをちゃんと遂行できるようにと思っている」と気を引き締めている。
午前9時から午後4時半まで開館、月曜は休館。日曜の29日、12月6日、13日、20日は達士さんが会場にいる。入館料はおとな300円、小中学生100円。問い合わせは同史料館(電話:0256-63-7666)へ。