リラクゼーションサロンを経営する長岡市の五十嵐貴博さん(37)は、燕市・国上山に子どもとおとなが遊べる共有基地「Free Art Field」をつくり、土を主な素材とした建築物「アースバッグドーム」を県内で初めて完成させた。
子どもたちが自然の中で五感を解放して遊べるフィールドを拡張する、まだ始まったばかりの取り組み。国上山は越後の禅僧、良寛が約30年間を過ごした地でもある。子どもたちと一緒に手まりをつく絵が残るように、良寛は子どもたちを愛したことでも知られる。五十嵐さんはその良寛のゆかりの地で現代の子どもたちに遊びの場を提供。全国に広がって地方創生のプラットホームにもなればと夢は大きい。
良寛は国上山で47歳から約20年間を五合庵、約10年間を乙子神社で過ごした。この基地は乙子神社のすぐ手前に広がる約1,200平方メートルの土地だ。完成したアースバッグドームは、やや縦長の半球形。直径約2メートル、高さは内部で約1.7メートル。おとなには小さく、子ども用で立て看板には「小人の家」とある。
上に登って遊べるように足場を作り、土地に落ちていた廃材を使って煙突を付けたり、オリジナルのステンドグラス風の窓をはめこんだりして装飾した。全体はアニメ「天空の城ラピュタ」をイメージ。おとぎ話に登場するような造形が子どもたちをわくわくさせる。
五十嵐さんは長岡市と柏崎市にリラクゼーションサロンを3店舗を経営し、セラピストスクールも開設する株式会社アドベンチャートリップの代表取締役。スクールの講師を担当することもあるが、今は現場に出ることはなくなり、自由に使える時間が多くなった。
始まりは東日本大震災だった。福島第一原子力発電所で働く後輩が新築したばかりの家を津波で流された。家族は無事だったが、家がなくなってローンだけが残った。あらためて家とは何かと考えるようになり、安価で自分で建てられる家はないのかという思いが頭から離れなくなった。
「おとなと子どもが遊べる基地をつくりたい」とイメージの輪郭がだんだんとはっきりし、1年半かけて今の土地を見つけた。地元の長岡市から物件を探したが、今の土地の前に見つけた物件もやはり国上にある古民家だった。建物を生かすことができ、購入しようと内覧までして検討しているうちに、ほかの買い手に先を越された。
次に今の土地を見つけたが、さら地になっていた。「逆にゼロから作ったおもしろいと思った」と五十嵐さん。すぐに頭を切り替えられたのは、ノープランの強み。建築物に関する情報をネットで検索して見つけたのがアースバッグドームだった。
イランの建築家が考案した工法で、米国・カリフォルニア州で本格的なワークショップが開かれている。簡単に言えば土のうを積み上げてつくる。ただし土のうと言っても筒状のチューブのように細長い専用のものを使い、中に入れる土にはセメント、消石灰、水などを混ぜる。アーチ状に積み上げるので地震にも強く、火災や強風にも強い。
国内では日本アースバッグ協会がワークショップを行うなどして普及に努めているが、拠点は九州と遠いため、2年前の夏に逆に協会の2人を現地に呼んで4日間のワークショップ行ってもらい、基本構造を完成させ、五十嵐さんもアースバッグビルダーの認定を受けた。その後、装飾や仕上げを行って昨年初めに完成させた。
ほかにも廃材を利用した家やアメリカインディアンの移動式住居「ティピー」のようなものもつくった。遊び場として廃船も持ち込んだ。今はアースバッグでたき火場を作っている。すでに親子連れを中心に数十人が訪れており、子どもたちが帰りたがらなくなるほど好評だ。
ことしから仲のいい大工と造園業者と3人で団体「TRIANGLE(トライアングル)」をつくって取り組む。アートはアイキャッチになり、普及には欠かせないと考える。「アートが打楽器のトライアングルのように、3人のスキルと知識でひとつの音を奏でるべく、さまざまな空間をアートにプロデュースする集団」になる。
「Free Art Field」の全体の構想から見れば、まだ2割、3割ていどができたに過ぎず、次はコミュニティースペースとして直径6メートルほどのおとなが入れるアースバッグドームやツリーハウスをつくる計画。「あそこにはおとぎの国の世界があると思わせたい」と目を輝かせる。
五十嵐さんは「子どもにフォーカスしている。とくに男の子は冒険がしたくなる。ところが、公園は安全重視で遊具が撤去され、子どもの遊び場所が減り、バーチャルに走っている。もっと自然と一緒に遊べる環境をつくりたいと思った」。
構想は壮大だ。「アースバッグドームが全国各地に広がって地方創生のプラットホームをつくりたい。観光の目玉になればと思うし、アースバッグビレッジみたいなものをつくりたい」。すでに宮城県や群馬県からもアースバッグドームに関する問い合わせがある。今は無料で利用できるが、いずれビジネス化も視野にある。観光のモデルに、プチ観光スポットになれば、アートなものを次々とつくりたい、雇用も生まれればと夢は広がるばかりだ。アースバッグドームやFree Art Fieldに興味のある人は五十嵐さんへメール(adventure-trip@i.softbank.jp)で問い合わせる。