三条市若手芸術家支援事業として12日から16日までの5日間、三条東公民館で三条市の銅版画家、鶴巻貴子さん(37)の三条で初めての個展「鶴巻貴子銅版画展ー私の版画史 トキシックからノントキシックへー」が開かれる。
全国規模で伝統ある公募展などで優秀な成績をおさめた三条市の若手芸術家を支援しようと三条市が2年前から行っている事業。過去2回はいずれも三条市の若手女性書家の個展を開き、今回で3年目になる。
鶴巻貴子さんの祖父は三条市名誉市民で紙塑人形の創始者、三郎さん。母の純子さんは彫刻家で知られ、父も医師で彫刻家、兄の謙郎さんは神奈川県で日本画家として活躍する芸術家一家に育った。
三条高校から東海大学教養学部芸術学科美術学課程を卒業、日本大学芸術学部大学院(版画分野)を修了。02年に県展賞を受けて05年には早くも無鑑査。海外にも出展し、個展も開いている。11年に燕市産業史料館で個展が開かれているが、三条市では初めての個展となる。
今回は「トキシックからノントキシックへ」をタイトルにした。「トキシック(toxic)」とは有毒という意味で、「ノントキシック(non-toxic)」はその逆に毒がないこと。銅版画のエッチングという手法では、銅版をコーティングした防食剤をニードルではがし、腐食させることで凹部となり、そこにインクをためて圧力をかけて紙に転写する。
腐食液は古くから硝酸から使われてきたが、人体に有害であることが知られる。そのほかにも有害な作業工程があり、多くの銅版画作家がそうであるように鶴巻さんも肌荒れや熱が出るなどといった症状に悩まされた。
銅版画以外の創作に転向を考えたこともあったが、これまで蓄積した技術をゼロにするのももったいないし、もちろん銅版画に思い入れがある。数年前にベルギーにノントキシックの個人の工房があると聞き、2014年に4月から年末までベルギーゲント王立美術アカデミーへ短期留学し、マルニクス・エバレート(Marnix EVERAERT)氏にノントキシックを学んだ。
エバレート氏がノントキシックを手掛けているということだけでなく、エバレート氏の作品も好きで、技法も鶴巻さんがやりたいと思うものだった。それまで留学したことがなく、周囲から留学も勧められていた。「留学でただ見聞を広げるだけでなく、目的をもったほうがいいと思った」と鶴巻さんは留学を決意した。
ベルギーでは朝8時から工房でエバレート氏からマンツーマンで指導を受けた。エバレート氏は午後からアカデミーの生徒、夕方から社会人の生徒を教え、1日12時間以上を工房で過ごした。鶴巻さんもそれと一緒に学び、夜遅く帰ってから予習、復習をすると未明の2時、3時になり、睡眠も満足にとれない日が続いた。別に語学の勉強もある。
「大学時代を思いだした。それくらいやらないと全然、授業に追いつかなかった」と鶴巻さん。そんなハードな勉強でも「一流の人たちと一緒に過ごし、ぜいたくな時間だった。ベルギーでは日常に美術があり、濃厚ですごくいい経験だった」と振り返る。昨年夏はエバレート氏が来日し、国内数カ所でノントキシックのワークショップを行った。鶴巻さんはそのアシスタントを務め、指導も手伝った。
今回の展覧会で鶴巻さんは52点を展示する。うち10点ほどがノントキシックの近作となる。ノントキシックについては「まだまだ研究、テスト、テストという感じで本格的なノントキシックの技術の構築には時間がかかる」と言う。「自分なりに腐食を減らして試行錯誤した時代も含めてすべて見てもらえる」と展覧会を喜ぶ。
銅版画の魅力は「硬質な厚みが紙に残る。作業はやり直しがきかない緊張感のようなものがある」。また「作品は自分そのものなので、肉筆はとても恥ずかしく人に見せられない」。紙に直接、描くのではなく、版が介在した方が自身に向いていると言う。
子どものころからスタンプを押すのが好きだったのも、銅版画に向かったルーツになったのかもしれない。木型も好きで、母が彫刻の制作で型をつくる作業を目にしていたのに影響を受けたのは間違いない。
会場を訪れる人には「技術を紹介する展示もあり、たくさんの技法、表現方法がある銅版画の世界を見てほしい」、「こういう人が三条にいる、こういう道も選択肢にあることを知ってもらえたら」と何かを感じとってほしいと願っている。
毎日午前10時から午後6時まで開場、入場無料。12日午前10時半から11時まで鶴巻さんによるギャラリートークを行う。13、14日は銅版画体験のワークショップを行う。