7月3日まで燕市産業史料館で開かれている「アメリカ木目金作家展 2016 in Japan」にあわせて17日、米国の出展作家ら6人が燕市を訪れ、鎚起銅器の玉川堂や同史料館を見学するとともに、米国作家らにとっては生きる伝説ともいえる木目金の技術で人間国宝となった金工作家、玉川宣夫さん(74)とも面会した。
木目金は色の違う金属を何十層と重ねて鍛接してから彫りを加えるなどして木目のような模様に仕上げる技術。日本では400年ほど前に生まれ、一度は廃れて、その技術を伝承する作家は国内でもごく限られる。
神奈川県横浜市に住む金工作家、佐藤裕子(ひろこ)さん(74)は米国で金工を学び、42歳のころに帰国して1週間ほど玉川堂に通って玉川宣夫さんから直接、木目金の技術を学んだ。米国に帰って木目金の作品を発表すると爆発的な人気を呼び、各地で講演したり、ワークショップで指導したりして、米国内に木目金の技術を根づかせた。米国でも日本語のまま“MOKUME-GANE”と書いて広まった。
米国・ウィスコンシン州マディソンに住み、大学で講師として金工を教え、金工やジュエリーのギャラリーとスタジオスペース「HYART Gallery」のオーナーでもある山田宗子(ひろこ)さん(50)が、米国の作家の木目金作品を日本に紹介したいと今回の展覧会が企画された。
出展作家から展覧会場を訪れたいと要望があり、佐藤さんと山田さんを含めて6人、家族も含めると8人が12日から14日までの間に来日。先に15日に東京・銀座で開かれている玉川堂創業200周年展東京開催を見学。16日は東京芸大で学生に対して同じように金属で木目のような模様を表現するダマスカス鋼の講義を行った作家もいる。
そして17日、燕市を訪れて玉川堂では工場を見学したあと玉川宣夫さんと懇談した。玉川宣夫さんとの懇談では、話しかけるのをためらうような緊張した雰囲気もあったが、何時間でも玉川堂で過ごせそうなほど話が尽きなかった。
米国では手に入らない金属が多く、日本の金工作品は色鮮やか。工場では使っている道具や着色の方法、異なった金属の接合方法、鎚起銅器の打ち縮める技術など、同じ金工を手掛ける仲間として詳しく具体的に質問した。
玉川宣夫さんの作品については、写真で見ただけではわからなかった部分をじかに玉川宣夫さんに聞いた。木目金に限らず、銅器に彫金で刻まれた線が黒くなっている理由について、玉川宣夫さんから漆を塗って漆が厚くなる線の部分だけ黒く見えると聞いて感心。さらに漆はかぶれやすいのに槌目(つちめ)をきれいに見せるために漆を手で直接、塗っていると聞き、驚いていた。
ミネソタ州ミネアポリスにスタジオをもつ金工作家ジョージ・ソイヤー(George Sawyer)さんは車のデザインを手掛けたこともある。10年ほど前から金工作家にとっては日本の聖地ともいえる燕市を訪ねたいと思っていて、ついに念願がかなった。
「ディテールまでとても正確に美しく仕上げてある」とソイヤーさんは驚いた。「工場というよりは手作りで要所、要所、手際よく作られている」と言い、「仕事をしているところも美しく、それを見たあとに作品を見ると、なぜこれがこういう風に美しいものが生まれてくるのかわかった」と作品の背景にある製作のプロセスや精神性にも美しさを感じていた。
山田さんは「米国の作家たちは、玉川宣夫さんの孫弟子と言ってもおかしくない。今回、玉川宣夫さんの作品と一緒に自分の作品を展示しているのは、彼らにとっても感激」。佐藤さんは「随分、変わったけど、変わっていない所もあって懐かしい」と玉川宣夫さんに手ほどきを受けた30年以上前を思い出していた。
18日の予定は決めていないが、燕市内でダマスカス鋼の包丁の見学などを考えている。19日に新潟を発つ。
また、燕市産業史料館では「アメリカ木目金作家展 2016 in Japan」の開幕には間に合わなかったが、A4判の図録を作成し、会期中限定で1冊1,500円で販売している。