三条市立三条小学校(小林修校長・児童77人)は26日、三条・燕総合グラウンドで毎年恒例の全校凧揚げ遠足を行った。三条小は裏館小に統合されて来年3月で閉校するため、ことしが最後。あいにくの雨降りだったが、裏館小にも凧揚げ遠足が引き継がれることに期待しつつ小雨のなかで凧揚げを楽しんだ。
当初は23日の計画だったが雨のためこの日に延期した。この日も雨の予報だったが、最後の予備日の30日も雨の予報のため、強い雨にならないことを願って実施した。
4年生以下は今月、ビニール製の洋凧を製作し、5、6年生は7月に三条伝統の和紙で作る六角凧を製作した。凧絵のテーマは、1、2年生は自由、3、4年生は三条市の名物、5年生は全国の都道府県とその名物、6年生は歴史上の人物。5、6年生は六角凧を作るのは難しいので、絵付けと鼻緒付けだけ行った。
児童は自分の作った凧を持ち、午前8時半前に学校を出発し、30分足らずで総合グラウンドに到着。三条凧協会の会員5人と約40人の保護者も参加した。
開会式で凧の歌を歌い、三条凧ばやしの演奏と踊りを行うと、雨が強まったため中断。雨が弱まるのをしばらく待ってまずは大凧の凧揚げに挑戦した。
毎年6月に開かれている三条凧協会主催の三条大凧合戦でも使われる“30枚ド”と呼ばれる大凧を学年ごとに糸を引いて揚げた。風向きがわからいほどほぼ無風状態。風の力を頼ることはできず、児童は凧糸を持って陸上のトラックに一列に並び、合図とともにいっせいに凧と反対方向に走って風力ではなく、走力で凧を揚げた。
高学年は見事に凧揚げに成功し、児童は大喜び。バランスの悪い凧は回転して墜落、壊れてしまうことも。低学年の走力では凧がちょっと浮き上がるくらいが精いっぱいだった。
そのあと自分の作った凧を揚げた。弱い風でも上がる4年生以下の洋凧でもやはり風の力で揚げることはできず、児童は走って洋凧を揚げた。それでも歓声を上げて走り回り、ご機嫌だった。5、6年生は凧糸を結ぶ準備をしているうちに雨が強くなったため、やむを得ず凧を揚げる前に中止となった。
閉会のあいさつで三条凧協会総務部長の稲葉光彦さん(63)は、「裏館小でも凧揚げ遠足が続いたら、またわたしたちを呼んでください」と言い、将来は三条大凧合戦の揚げ師になることに期待した。
三条小の記録では1975年(昭和50)に全校凧あげが始まったとあり、41年目で終止符を打ったことになる。当初は当時の三条大凧合戦の合戦場だった三条商業高校裏手の五十嵐川河川敷へ出掛けたようだ。
小林校長は1992(平成4)から5年間、三条小に勤務した。そのころはすでに総合グラウンドが会場で「糸が切れて校長に言われて新幹線の近くまで凧を取りに行った」と当時のエピソードを話した。最後の凧揚げ遠足に「みんなが凧揚げできればいちばん良かったが、いい経験ができたと思っている」と喜んだ。