木桶(おけ)文化を守りたいと越後味噌醸造株式会社(燕市吉田中町・木龍康一社長)は、長く使っていない木桶3本を村上市の醸造元へ貸し出してしょうゆを仕込んでもらうため26日、大桶3本の大がかりな引っ越し作業を行った。
同社の前身は1771年創業。時代にあわせてさまざまな事業に手を広げ、酒やしょうゆをつくったこともあるが、今はみそだけ。昔ながらの木桶で醸造しているが、製造量も減って30年は使われていない古い木桶が残されたまま休眠状態だった。
木桶を作る職人が減り、同時に木桶を使う蔵元が減っている。醸造に使わないと木桶が傷むため、再びしょうゆの製造をとも考えたが、設備面などからしょうゆ製造の免許を取得は難しいことがわかった。それならばと、みそとしょうゆをつくる野沢食品工業株式会社(村上市塩谷)に木桶を貸し出し、しょうゆをつくってもらうことになった。
木桶は3本ともスギで作られた高さ、直径とも約2メートル、重さ1トンほどもあるまさに大桶。26日は手配した運送会社が4トントラックを用意したが、積んでみるまでもなくトラックが小さ過ぎた。
翌日は営業日で、大桶を搬入口のそばまで移動させて準備しておいたので日をあらためてというわけにはいかない。取って返して12トントラックに変えて出直し、3時間近いロスがあって再挑戦。大桶はフォークリフトでトラックに積んだが、一般的な荷物を載せるフォーク(ツメ)の長さでは足りず、延長する部品を取り付けて持ち上げた。
大桶が大きすぎてフォークリフトの運転席からは全体が把握できない。トラックの荷台の幅にもぎりぎり収まるサイズで予想以上に難航したが、1時間半かけて積み込みを終わり、出発するトラックに社員が手を振って見送った。野沢食品工業へ到着するとすぐに設置し、1日で引っ越し作業を無事に完了した。
作業にあたった営業部長の吉田貴一さん(41)は「充実感がある。もう二度と生きているうちにこんな経験はないでしょう」と声を弾ませ「何十年後かに帰ってきてくれれば」といつか帰郷してくれることも期待した。
大桶1本でできるしょうゆは1400リットル。野沢食品工業では3月下旬にしょうゆを仕込み、半分は1年後に発売し、もう半分はさらに熟成させて2年後に発売する。社長の木龍康一さん(32)は「これで自分たちのしょうゆを扱える。なくなってしまうだけだった木桶がもう一度、頑張ってくれる」と受け入れてくれた野沢食品工業に感謝する。
一緒に取り組みを進めてきた野沢食品工業の取締役とも同世代で、「これからは競争ではなく共存していかなければならない。こうやって若い世代が取り組んでいることも知ってもらえれば」と願っている。