三条市は29日まで三条市厚生福祉会館で「三条市名誉市民 ジャイアント馬場 顕彰記念展」を開いているが、29日まで燕市総合文化センターで開かれている燕市郷土史研究会連合会主催の「昭和の燕写真展 燕・吉田・分水」に展示されている写真のなかにかつてジャイアント馬場さんとともに日本プロレスに所属した旧吉田町出身のキラー・カン(本名・小沢正志)さん(70)の子ども時代の写真が1点、展示されている。
昭和33年度の吉田小学校6年1組の卒業写真のなかに写っている。もちろん最後列で、いちばん右に立つのが当時の小沢正志さん。となりの同級生より頭半分ほど背が高く、目が悪かったのかめがねをかけているように見える。
キラー・カンさんは大相撲・春日野部屋に入門したが、伸び悩んで1970年に廃業。翌71年にジャイアント馬場さんも所属した当時唯一のプロレス団体だった日本プロレスに入門。72年にジャイアント馬場さんは全日本プロレスを旗揚げする一方、73年にキラー・カンさんは新日本プロレスへ移籍してたもとを分かった。
キラー・カンさんはモンゴル人プロレスラーという設定で、モンゴリアン・チョップを得意技に人気を集めた。プロレスラー引退後は都内で飲食業を経営し、今は新宿区で「居酒屋カンちゃん」を経営する。2013年には燕市PR大使に任命され、再びふるさとでその名を知られるようになっている。
一方、ジャイアント馬場さんは昨年、三条市の名誉市民となっており、プロレス草創期にリングで輝きを放った三条市と燕市から生まれた2人の名プロレスラーの功績がふるさとで称賛を集めている。