新潟県加茂市仲町にある市内一歴史の古い老舗菓子店「うのもりや」のリニューアルオープンを記念して、6月27日から7月2日まで店舗2階の「ギャラリー山内堂」で「たのしい菓子展〜うのもりや148年の歩み」が開れている。創業から148年の歴史を振り返る企画展たが、会期中に創業はこれまで考えられていた明治ではなく江戸時代にまでさかのぼり、歴史は148年より長く、少なくとも173年以上であることが判明した。
うのもりやの創業年を記した文書は残っていない。1871年(明治4)に仲町大火があって焼け出された後に店を構えたと思われてきた。それ以前も何か商売をしていたかもしれないが、本格的に菓子店を始めたのはこのときからだろうと、この年を創業年とし、ことしで148年と計算した。
企画展の会期中、加茂市史を編さんした人が、市史のコピーを持参して来場した。コピーには「菓子屋・魚屋の展開」の見出しに続いて「鵜森組上新田(新潟市南区)の名主渡辺家では、嘉永四年(一八五一)の葬儀に加茂町の鵜森屋(うのもりや)に菓子を注文した。」とある新潟市南区の渡辺一哉氏所蔵文書を引用。江戸時代の1851年にはすでに菓子店としてうのもりやが存在していたことがわかり、そこから数えてもことしで158年になる。
さらに読み進めると、田上町の佐藤嘉右衛門家文書の「午年七月覚」には「弘化三年(一八四六)、原ヶ崎新田(田上町)の佐藤嘉右衛門家が加茂町の鵜森屋から受け取った品目にこん平糖(三百文)がある。」とある。1846年から計算するとことしで実に173年。それ以前から存在した可能性が高く、200年企業と言えるほどの歴史をもつことになる。
また、「浅野礼一郎文書」や「文久二年釈尼妙解香典見舞帳」」には文久二年(一八六二)の浅野礼助家の娘の葬式の見舞いに羊羹(ようかん)7本を持参する人があり、こうした上等な菓子を作る店は当時の加茂町には鵜森屋善左衛門など3軒あったと記述されている。これも江戸時代から存在した証拠だ。
いちばん驚いているのは、うのもりやを経営する株式会社鵜の森屋の山内美恵子社長は9代目。「元々、いい加減だから」と笑い「地球が誕生して45億年と比べればどうってことない」と煙に巻く。明治4年の創業だからと、新しく買った社用車のナンバーを西暦にあわせてわざわざ「1870」を取ったが、正しくは明治4年は1871年であることにあとになって気づくというお茶目ぶりだ。
(佐藤)