刻字も得意とする元新潟県高校教諭の書家、丹羽芝水(本名・信男)さん(73)=新潟県長岡市中沢=の個展「刻と書のかたち〜もじとことば・つぶやきとこだわり」が7月13日から9月1日まで弥彦村の「弥彦の丘美術館」で開かれ、刻字と書が半々の29点を展示されている。
展示作品の7割は、この個展の開催が決まってから制作した。丹羽さんは「今のわたしの素直な生き様。一般的な書道のとらえ方で見るとちょっと違うおのが多い」と言う。語句は現代の風刺や思い、自分でつくった言葉、辞書から引っ張った言葉などを選ぶ。
1文字から5文字を書いた5連作として制作した軸を1文字、3文字の、5文字の3連作として展示する。1文字は赤い墨で書いた「面」。「古希を越えて振り返ると顔に汗するようなことが多かったなと。ここには書の優雅さはみたいなものは、いっさいない」。
3文字は「口呂品」。定年退職後に中国・南京の大学で日本語科教員を務めたときに通った食堂の屋号で、「口」の数が1、2、3と増えていくリズムがおもしろい。その言葉の意味はあとになってわかった。「一口食べてまずい。二口目に、うん?待てよ。三口食べたらもうやめられないという意味なんだそう」。
5文字は「無可無不可」。「日本語では可もなく不可もなく、まあまあというニュアンスだが、まったく違うとらえ方で、パンにしますか、ギョーザにしますか、わたしはどっちでもいいという優柔不断な姿勢。そんなところにわたしの抵抗、いやらしさがある」と説明する。
「上上」と刻んだ刻字が3点ある。「“上上”は最高にいい状態。人生はこうでありたいと思いながらなかなかなれない」。2001年制作の「上上」は書を書いてから刻字にしたが、墨のかすれの部分の表現に雑なところがあり、18年の作品は書の再現に執拗にこだわらず省略すべきところは省略したと言う。19年の作品は書を制作せずに直接、木に刃物で刻み、同じ語句だが表現を変化させている。
「安貧安楽」と書いた作品は丹羽さんの造語。人生はいい友人や先生をもち、健康でうまいものを食べてそこそこの小遣いがあれば「安貧」で、そうすれば楽しく過ごせるという意味。「俗なわたしの露骨なかっこつけ」と笑う。
刻字の「寿」は、漢の時代のれんがの側面にある「寿」の文字をモチーフにし、「抽象的な表現でわれながら悦に入っている」。ほかにも「一」から「九」の漢数字や、24の「楽」の字をモチーフにした刻字もあり、視覚としてだけでなく語句の内容も表現のひとつとして作品に昇華させている。
丹羽さんは愛知県名古屋市出身。新潟大学へ進学して以来ずっと新潟で暮らしている。新潟県展奨励賞、新潟芸展連盟大賞・奨励賞、日本刻字展特別賞、東京書作展東京都知事賞、日本刻字展東京都知事賞など受賞歴がある。現在は日本刻字展審査会員、日本刻字協会理事、全日本書道連正会員、新潟県書道協会参事などに就く。
これまでグループ展に数多く参加し、個展は小さな会場で開いたことはあるが、本格的な個展はこれが初めて。創作に選んだ語句は「わたしの書に対する抵抗。70歳の反抗ですね。今ある人生はある意味、抵抗の人生だった。小さな力ない男が無鉄砲に大きなものに刃向かうことが、わたしの人生そのものだった。決して妥協せず、適当なところで持説を曲げることはなかった」と言い切る。
「1回、自分が口にだしたことは絶対に曲げない。逆に公務員だからそれができた」、「それはそれで自分の信念。生徒の前では信念があった方が教育的だと思っていた。ころころ持説を曲げるのがいちばん教育的じゃないと思っていた」。
「私なりの願いを込めた展覧会になってほしいと思った」。その願いとは「おのれ自身に正直なものを見てほしい。そういう意味ではへそ曲がりの展覧会で申し訳ない」とはにかんだ。
会期中は無休で午前9時から午後4時半まで開館。7月21日(日)、8月4日(日)、8月24日(土)のいずれも午後2時から丹羽さんによる作品解説が行われる。問い合わせは弥彦の丘美術館(電話:0256-94-3131)。
(佐藤)