2017年に閉校して144年の歴史に終止符を打った新潟県三条市の三条小学校の校歌を刻んで学校跡地に建立した記念碑の除幕式が4月13日、現地で行われた。
記念碑は井内石(いないいし)や仙台石と呼ばれる黒い石で、縦1.9×横1.2メートル、厚さ25センチ。表に「ふるさと三条」の題字に三条小校歌と「三条凧ばやし」を踊る子どもたちのイラストを刻む。裏には三条小の沿革があり、それがコンクリート基礎を含め高さ1.2メートルの台座に乗り、かつてのグラウンド側の門を入って左手に建立した。
記念碑建立の発起人代表は、三条小の出身で親となってPTA会長を務めた故中條耕二さん。2009年に新校舎に移転した出身校の県立三条高校の記念碑も中條さんが同窓会長のときに建立している。
三条小は三条市内で最も歴史が古く、世界で活躍する人材、先達を輩出してきた。地域の人たちの思いを代表して記念碑建立員会を発足させたが、中條さんは記念碑の完成を見ることなく2018年8月7日に82歳で死去した。
除幕式には約20人が参列した。中條さんに代わって長男の中條耕太郎さん(49)、中條さんの遺影を抱いた妻の敦子さん(82)、校歌の揮毫(きごう)を頼まれた最後の三条小校長の小林修さん(64)も参列。神事を行った地元八幡宮の藤崎重康宮司の祖父、藤崎恵積(えづみ)さんが校歌を作詞した縁もある。
三条市の国定勇人市長は、三条小の閉校をめぐって地元から強い反発があったことを振り返り、「過去を振り返り、わたしが発言すると皆さまがたの胸中、穏やかならぬものも出てこようと思う」としながら、市内を奔走して寄付を集めた関係者に敬意を表した。
中條耕太郎さんは「生前、父はふるさと三条に恩返しするための最後の奉公だとわたしに語っていた。本人がこの日を皆さまと迎えることはできなかったが、頭上のはるか天の国の方からきっと笑顔で喜んでくれているに違いない」と父に代わってあいさつした。