10月にインボイス制度が始まるのを前に開業から51年になる新潟県燕市分水地区の酒店「南山酒店」(下諏訪)は、8月いっぱいでの閉店を決めた。地元に根差したオリジナルの酒を生み出してきた店主の南山正幸さん(75)は「寂しさや後ろ髪を引かれる感じはない。サバサバとしたもの。逆にやっと自分の時間がもてる」と笑顔で閉店を迎える。
1972年(昭和47)7月20日、父が町家づくりの家の前に店舗を増築して南山酒店を開業した。父は燕市に合併前の旧分水町で町議を6期、務めた。
しかし開店からわずか3年ほどで父は病気で店に立てなくなった。当時、南山さんは三条市内の自動車修理会社で働いていた。弟はカーディーラーに勤務。いずれはふたりで自動車修理会社を始める腹づもりだった。
始めたばかりの酒店をたたむわけにもいかず、20代後半だった南山さんは父に代わって覚悟もないまま店を継がざるを得なかった。酒店は忙しい時代で、母と2人で店を切り盛りした。
好きで始めたわけではないが、仕事を生かして少しでも地元を盛り上げられたらと、「おいらん道中」、「酒呑童子」、「えちご雪つばめ」など6、7種のオリジナルの酒を開発。そのたびに注目を集めるアイデアマンでもある。
客はほとんどが飲食店。それゆえに2020年からの感染禍の影響は大きかった。「売り上げは8割ダウンだった。あれがひとつのショックだった」と南山さん。続けていたジム通いも感染防止のためジムが休業。少なからず体力の衰えを早めた。
ずっと以前から廃業は頭の片隅にあった。廃業の時期を具体的に考えるようになったのは昨年の夏だった。「ビールのケースが持てなくなった。それで12月いっぱいでやめようかと思った」。
ことし10月に始まるインボイス制度が頭に引っかかった。「インボイスやろうとすると伝票から請求書からみんな変えていかないとだめ。そんなのに金かけてもどうせ先がないんだし、やめた方がいいやと思って」。お中元のかき入れ時を終わった8月いっぱいでの廃業を決めた。
「閉店を聞きつけて“本気らか、なあ(おまえ)”って言ってくる人もいるけど。誰か代わりにやってくれる人がいれば、お客もつけてやるから。ところがね、酒の業界は魅力がねんだて」とこぼす。
「やることはやったこてね」。商売を振り返って悔いはない。「みじめになって同情されるくらいなら、しない方がいい。元気で足腰が動くうちに決まりをつけて自分の余暇を楽しんだ方がいいかと思って」。
店頭には立派な毛筆で「閉店のお知らせ」が張ってある。居酒屋を営む客に書いてほしいと頼んだら、書道を習っている書家に頼んで書いてもらったものをもらった。
ほとんど酒がなくなってがらんとした店内には、オリジナルの酒が最後の顔見世とぼかりに並ぶ。
「温泉に行くのが楽しみ。ふつうの温泉でもいいし、日帰り温泉でもいい。ビジョンよしだのジムに通ってみようかなと思っている」。南山さんは閉店後の生活を楽しみにしている。