詩人で翻訳家の谷川俊太郎さんが13日、死去していたことがわかった。92歳だった。谷川さんは2013年、新潟県燕市で講演した。主催したのはその後、絵本のひとり出版社「おむすび舎」(燕市)を立ち上げた霜鳥英梨さん。事務所や知り合いを通じてではなく直接、谷川さんに連絡して講演の承諾をとりつけたというつわものだ。
当時で谷川さんは81歳。付き人も伴わず単身で来燕するとのことで、関係者は谷川さんが予定通り到着するのかと心配していた。
入場整理券は配布開始から数日でなくなった。谷川さんは会場の燕市文化会館でTシャツで登壇。リクエストに答えて詩の朗読を始めると、会場は水を打ったように静まりかえり張り詰めた空気に。かたずをのんで見守った。
物静かで柔らかな物腰だが、どこか鋭さをもっているような印象もある。朗読が終わると割れんばかりの拍手が響き、まるでコンサートのよう。年齢からは考えられない圧倒的な存在感だった。
講演会後の懇親会は、家の近所の「釜めし こまつ」。大衆的な店でいいだんろうかと心配しつつ、通い慣れた店に谷川さんが食事する姿を夢を見ているように眺めていたのを思い出す。
もう50年以上も前、アニメ「スヌーピーとチャーリーブラウン」がテレビ放送されて以来のスヌーピー好きだ。あとになって英国の漫画「ピーナッツ」の単行本を谷川さんが翻訳していたことを知ったが、詩人としての谷川さんのイメージとどうにも一致しなかった。
いい年をして今でも「ピーナッツ」関連のグッズを買うことがあり、同時に谷川さんのことを思い出すことがある。いつかまた谷川さんにお目にかかりたいと思っていたがもう二度とかなわない。
谷川さんの訃報をきっかけに、県立分水高校の校を谷川さんが作詞していると教えてもらった。高校の校歌と言えば、古語のようないい回しや読めない漢字がある難解なものが多い。
分水高校校歌の校歌は小学生でも理解できるうような言葉と漢字しか使っていないところが、谷川さんらしさかもしれない。以下に校歌を引用する。
新潟県立分水高等学校校歌
作詞 谷川俊太郎
作曲、細矢 禊
山なみの遠くかくれて
みなもとにしたたる水は
大空の雲から生まれ、
ひとすじの流れにそだつ
われらまた心あわせて
ゆれうごく世界をむすぶ
桜咲く岸辺やさしく
ふるさとにみなぎる水は
先人の汗ゆえ清く
たえまなく海へと注ぐ
われらまた歴史に学び
限りない未来をめざす
ああ分水高校