日本一過酷な山岳アドベンチャーレース「TJAR」で初出場で完走した三条市出身の中村亮平さんのふるさとでの完走報告会で凱旋 (2025.4.3)

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日本海側の富山県・富山湾から北アルプスと中央アルプス、南アルプスを越え、太平洋側の静岡県・駿河湾まで8日以内に横断する総距離415km、累積標高26,662mの日本一過酷な山岳アドベンチャーレース「TJAR(トランスジャパンアルプスレース)」を完走した新潟県三条市出身の動物園獣医師・中村亮平さん(43)=北海道東川町=。そのふるさとでの凱旋(がいせん)ともいえる完走報告会が2日、三条市・三条ものづくり学校で開かれた。

TJAR完走報告会の中村亮平さん
TJAR完走報告会の中村亮平さん

中村さんは県立三条高校、北海道大学獣医学部を卒業し、北海道の旭川市旭山動物園に勤務している。大学時代からマラソンや登山の経験があり、登山歴27年。山などを走るトレイルランニング(トレラン)歴はわずか1年でTJARに挑んだ。

2023年1月にTJARの番組を見たのがきっかけで、大学時代からマラソンや登山の経験がある自分にもできるのではと思い立ってトレランを始め、選考会や抽選をへて昨年8月のTJARに完走した。

三条市のトレイルランナー梨本次郎さんと完走後の三条市での完走報告会開催を約束

報告会を主催したのは、100マイル(160キロ)レースも走破しているアスリート、トレイルランナー歴8年の梨本次郎さん(51)=三条市=。中村さんのX(旧Twitter)アカウント「さろまっくす(@saroma1981)」で中村さんを知った。北海道の利尻島へスキーを滑りに行ったときに中村さんと知り合い、TJARを完走したあかつきには三条市で報告会の開催を約束。それが実現した。

報告会には県内各地からトレランや登山、ウルトラマラソンに挑んでいる人や観戦を楽しんでいる人など50人が参加した。

中村さんは、高校は山岳部、大学はワンダーフォーゲル部に所属した。フルマラソンのベストタイムは3時間14分、サロマ湖100kmウルトラマラソンは14回、完走といった経歴から話した。

2023年1月にTJARを取材したテレビ番組を見たのがきっかけで出場を決意した。参加資格を得るためのトレランや標高2000m以上での行動経験などの実績を積み重ねて準備した。

中村さんのTJARをデータや写真とともに追体験

昨年のTJARには123人の応募があり、書類選考で116人になり、前回完走者11人を除く105人が抽選で70人にしぼられた。

昨年6月の選考会で走力とビバーク技術、読図などの生活技術が試された。選考会の内容に関する情報がなかった中村さんは、過去の出場者のブログや映像などの情報を収集するなど戦略的に研究、対策をして無事に選考会に合格。選考会を通過した47人の抽選で本選出場の30人が決まり、中村さんもそのひとりに選ばれた。

選考会に向けたトレーニングは、月に400km走破が最高で、それ以外は月に200km、長くても300km弱ほど走った。

TJAR完走報告会
TJAR完走報告会

食料は1日3,500kcalの計算で2.5kgを用意した。もっともロードではコンビニ店に寄ることもでき、これが8日間で食べた食料のすべてではない。

レース中は自分で写真を撮る余裕がないので、Xで自分の写真を撮ってくれる人を募り、2、30人が名乗り出てくれた。

初日は35度まで気温が上がった。ペースは配分は過去レースの年齢や走力が近い人のデータを参考にした。水は2Lぐらいを用意して動くようにしたが、残りわずかになって高度計で100m登ったら一口、飲むようにしたこともあった。

幻覚も体験した。夜、ヘッドライトで照らしているぎりぎりのラインに、あるはずのないプレハブ小屋のような建物が見えた。沢の水が流れる音が歌に聞こえ、しまいには祭りばやしにも聞こえるようになった。

山が大変だと言われるが、実はロードの方がつらかった。ロードで少し気を緩めるとどんどんペースが落ちてくる。ロードをできるだけ歩かずに走るのが大事だった。

いちばん怖かったのは、歩道のないトンネル。上位の選手は車が走らない夜にトンネルを通過するように計算していたが、日中にトンネルに入ったため車の通行量が多く、命の危険を感じた。

参加者で記念写真
参加者で記念写真

テレビで見た選手が休んでいたスーパーで休んだ。途中で頭が痛くなったのは高山病だった。あとで考えるとカフェイン摂取による血管収縮が原因と分析した。

ヘルメットをかぶらなければいけない場所が3カ所ある。前を行く選手がヘルメットを着けずに失格になったという情報が入ったので、忘れずにかぶって失格にならなかった。

すき家で、うな牛特盛りを1セット食べた。あとでもっと食べるべきと思った。多くの選手がここで2セットを食べていた。駒ヶ根の市街を通過するときにおじいさんに頑張ってねと言われ、おばあさんと一緒に応援されたのに涙が出るほど感動した。

ここでいちばんの失敗をした。前半に用意した食料が3割ぐらい余っていたが、全部、食べないだろうと荷物を軽くするために減らした。

最後尾を走っていたが、最終日7日に辻本有仁選手に追い付いて、ふたりで一緒にゴールへ向かった。食料はほぼ底をついていた。

ゴールまで40kmあたりにある神のようなカフェで、初めてまともな食事をした。オムカレーとポタージュスープ、シフォンケーキ、コーヒーフロートを味わった。

懇親会
懇親会

8日間の制限まで残り2時間を切った7日22時間15分、辻本選手と一緒にゴールした。家族にゴールまで来てもらえなかったので、LINE電話でつないで家族と会話しながらゴールした。完走者は30人中21人だった。

ゴールした瞬間はどうだったかとよく聞かれるが、「まあ終わったみたいな感じで、あんまり感動みたいなことはなかった」、ゴールよりも「赤石のピークでj、南、中央、北アルプスを走ってきたのが見えた時がいちばん感動したのと、あと駒ヶ根のおじいちゃんおばあちゃんに応援されたときの方が感動した」。

辻本選手はインタビューに答えて「“僕らは頑張れっていう言葉を太平洋に運んでる”と訳のわからないかっこいいことを言っていた」と笑った。

次回2026年のレースに完走した中村さんは選考会が免除されるが、家族の負担や自身は初めての挑戦で完走できたので、出たいのに抽選で落ちた人もいるので、ほかの人に席を空けるため、出場は見合わせる考えを話した。

中村さんはレースのデータや写真を映しながら順を追って話し、参加者は生々しい中村さんのレースの記憶を追体験するように聴き入っていた。報告会のあとは懇親会に移り、約20人が参加した。

完走報告会に母と姉も来てくれ「いろんな人が応援してくれたことを見せられて親孝行になった」

中村さんは「母親と姉も来てくれ、その前でいろんな人が応援してくれてたということを見せられたのが、親孝行になったのかなと思う」と、地元での報告会の機会を与えてくれた梨本さんに感謝した。

次回のレースは見送る考えを話したが、「あとは地元のマラソンと、また100キロマラソンの記録更新を目指して、まあ走るのかなと思う」。

三条市の子どもたちに「僕は本当に小中学校の時は、もう体育も苦手だし、運動もできないキャラだったけど、好きなことをやってたらこういう場が設けてもらえるようになれた。楽しいことをやっててよかったという感じ」とメッセージを送った。

懇親会での中村亮平さん
懇親会での中村亮平さん

参加者のひとり、柴山学さん(50)=新潟市東区=は、トレラン歴も登山歴も30年。「選考会の受付会場でたまたま座って準備をしてた時に、隣に座った人が中村さんで、同じ新潟県出身っていうので話が盛り上がった」。

柴山さんは地図読みで落ちたが、26年の出場に向けて中村さんから直接、話しを聞いて参考にしようと参加した。「中村選手は選考会も抽選も通って、かつ完走されてるのはさすが。強運の持ち主でもあると思う」とたたえた。

自身は「出場できたら50代新記録とか、できれば6日間とかねらいたい。かみさんの許可ももらっているので、60歳になっても1回は出たい」とTJARに対する熱いあこがれを語った。

2002年に始まったころからのTJARのファンという三条市の60代の女性は「おもしろかった。わたしは見るだけ。ことしは放送がないと聞いてとても悲しかった」と言い、報告会を知ってすぐに参加を申し込んだ。

「中村選手が三条市出身と聞いて、ずっとマークしてた。わたしも三条に呼びたいと思っていたけど、つてがなかったら、きょうは中村選手に会って話を聞けて本当によかった」と感激していた。

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