東日本大震災から15年となった11日、新潟県三条市はことしも地震発生時刻に合わせて午後2時46分から黙とうと献花を行った。15年の節目を機に今回を最後とし、犠牲者の冥福を祈るとともに、被災地の復興を願った。

この黙とう・献花は、東日本大震災の発生後、福島県からの避難者を受け入れてきた三条市が毎年続けてきた取り組み。三条市には福島県南相馬市を中心に避難者が最大611人にものぼり、大きく減ったとはいえ今なお21世帯の48人が三条市で避難生活を送っている。
避難者10人近くを含む約30人が参列。1分間の黙とうをささげたあと、ひとりずつ順に白菊を献花。最後に「15年目の節目となる本年をもちまして終了させていただきます」とアナウンスした。
いちばん最初に献花したのは、南相馬市小高区に住んでいた避難者の田中庄一さん(67)。初めて三条市に避難者が乗るバスが到着した震災5日後の16日深夜、田中さんもそのバスに乗って三条市総合福祉センターに降り立った。
三条市で臨時職員に採用され、その後、正職員に。この15年を振り返り、「ひと区切りという安心した気持ちもあるし、まだまだこれからという思いもある」と複雑な胸の内を明かした。

地震発生時は激しい揺れに見舞われ、外へ避難。その後、津波情報が流れ、さらに原発事故が発生したことで故郷を離れざるを得なくなった。
三条市に到着したときは「これからどうなるのかという不安が大きかった。避難したのはいいけれど、いつ戻れるのかという気持ちがずっとあった」と当時を語った。
三条市で仕事に就いたことで気がまぎれ、精神的に救われた面もあった。「15年も経ってしまった。地元に戻るか、このままこちらにいるのか、まだ迷っている」と率直な思いを口にした。
また、福島第一原発事故を踏まえ、「もう起こらないようにしてもらえればそれがいちばん。安全第一に、費用がかかっても安全に暮らせるようにしてほしい」と訴えた。

避難先で生活が定着した人には、その地で安心して暮らせる環境が必要とし、「原発に限らず、いつ何が起こるかわからない。準備だけはしておいてほしい」と備えの重要性も話した。
滝沢亮三条市長は「まだ三条市にも避難されている方がいて、震災としては終わっていないところがある」と述べ、「三条市としても引き続き避難されている方を支え続けたい」。今も三条市で暮らす避難者に今後もコミュニケーションを取りながら、これまで通り支援を継続すると述べた。
さらに、「式典という意味ではことしで最後になるが、支援まで終わるわけではない」との考えを示し、「つい昨日のことのように感じる。私たちでさえそう感じるのだから、避難された方の苦しみやつらさはなおさらだと思う。その気持ちに寄り添わなければならないという思いで続けてきた」と語った。
15年の節目で黙とうと献花には区切りがついても、避難生活が今なお続く人がいる現実に変わりはない。震災の記憶を風化させず、それぞれの暮らしに寄り添い続ける姿勢があらためて問われる。