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遠藤ケイさんが下田の古民家の再生に情熱 (1)(2001.11.8)

三条市出身のイラストレーターで、アウトドアの月刊誌『BE−PAL』(ビーパル)などでイラストを描く下田村北五百川、遠藤ケイさん(57)は、プロジェクトチームをつくって下田村内の築100年の古民家を建造当時の姿に再生している。

遠藤ケイさんが再生を進める下田村の古民家

遠藤さんが再生を進める下田村の古民家

遠藤さんは昭和19年、三条市の本町に生まれ、中学校を卒業すると漫画家を目指して上京。代々木のグラフィックデザインスクールに通いながら、フリーのグラフィックデザイナーの事務所にも住み込みで就職。16歳で先生に代わって仕事を始め、修行時代では学べない技術を培った。

遠藤ケイさんバストショット

遠藤ケイさん

その3年後に独立、事務所を構えた。仕事が来ない日が続き、先行きに不安を感じ始めた。「当時、ヒッピーの時代でアウトローが文明批判をしていました。私はみんなで何かするということが苦手で、一人でいたほうがよかったので地方に放浪の旅に出かけました」と振り返る。

旅で訪れた山村で、当時の社会と隔絶された環境で生活する人たちと出会い、寝食を共にした。得難くも記憶に焼きついたその体験を絵と文章で伝えたいと当時、挿し絵の仕事を受けていた週刊『プレイボーイ』に企画を持ち込み、失われゆく「男の民俗学」を絵と文章で4ページにつづった。

予想しなかった読者からの大きな反響に『山と渓谷』や『BE-PAL』からも仕事が舞い込んだ。同時に房総の山に移り住み、昔ながらの日本人の暮らしを体現し、人と自然との関わりや知恵、技術を執筆した。

遠藤ケイさんの笠堀の住まい

遠藤さんの笠堀の住まい

「でも、房総には四季がない。もう少し自然の厳しい地で暮らしたいと思い、いろいろな場所を物色しました。たまたま仕事で下田村に来る機会があり、笠堀の山を見て『住むならここだ』と直感しました」。

平成10年冬、遠藤さんは雪が降る寸前に仕事場兼住宅の東屋とドラム缶風呂の小屋を自力で建てたが、下田の冬は遠藤さんの予想を上回る厳しさ。新たにふもとに近い空家を物色し、かつて診療所だった築100年の古民家にめぐりあった。

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