3月30日、機上の人となって帰郷する池田君を7人が新潟空港で見送った。すっかりサプライズ癖がついていて、なぜかみんな池田君には内緒でこそこそと空港に集結。空港ロビーで土産物を品定めする池田君を遠巻きに観察し、隠し撮りして写真週刊誌のカメラマンの気分を味わったりした。
間もなく存在がばれて、出発ラウンジに入った池田君とガラスで隔てられたロビーを結ぶ「おなごりコール」という電話をかけてはしゃいだり、ゲートへ向かう池田君にひと形で「IKEDA」の文字をつくったりと悪のりは止まらない。滑走路を飛び立つ池田君を載せた飛行機が夕焼けの空に溶け込むように遠ざかっていくのを大きく手を振って見送った。
寂しさを味わいながらも、みんなの顔はニヤニヤ。サプライズは終わっていなかったからだ。池田君は三条市内の自動車修理業者に愛車の陸送を頼んだ。出発まで愛車が自動車修理業者に留め置かれている間、愛車をサプライズパーティーで使ったオリジナルTシャツやAKB48の曲を踊るために手作りしたスカート、池田君の写真を張ったうちわなどで愛車をデコレーションしてあげた。
その情熱を意気に感じた自動車修理業者が車のボディーをぴかぴかに磨きあげてくれるサービスまで。長旅で夜遅く武雄市の家に着いた池田君を三条もんの愛情に彩られた愛車が歓迎。池田君は「疲れがぶっ飛びました!」とFacebookに書いた。以上でサプライズはようやく幕となった。
ここまでのサプライズパーティーに出くわすのは、あとにも先にもないだろう。サプライズパーティーを企画してみたいと思うことはあるだろうが、いざ実行するにはハードルが高く、簡単なサプライズで終わる場合がほとんどだろう。
実現できたのは、池田君の“愛されキャラ”はもちろんだが、何と言っても三条マルシェを運営してきた連中だ。思いを形にするアイデアや実行力は半端なく、このていどのサプライズパーティーは朝飯前だったのかもしれないが、いくつもの条件が重なって実現できた。
池田君にとっても、三条マルシェにかかわったからこそ、大勢の三条の人たちとつながった。市役所とアパートの往復だけではこうはいかなかっただろう。いろいろな意味で一連のサプライズも三条マルシェの成果物だったのだろう。
池田君が三条市で果たせなかったのは、結婚相手を見つけることだが、結婚したらハネムーンは「嵐渓荘ということで」とお願いしてある(笑)。池田君は高校球児でもあった。甲子園へ行ったんだっけ?。個人的には元高校球児の実力を見せてほしいと、一緒にバッティングセンターへ行こうと誘いながら、実現できなかったのが心残りだ。