私は憲法というものは本当に大切に慎重に国民的な議論を尽くして、尽くして、みんなが真剣に考えて結論を出すべきだと思っています。国会においても十分に慎重にすべての国会議員が議論をしたという経緯はございません。そのようななかで、唐突に九条だけを取り上げて拙速にこの選挙の争点にするというのは間違っていると思います。
海外の紛争に武力をもって介入しない。それが憲法九条の平和主義の根幹であり、私は専守防衛を旨とする平和主義を断固として守ります。憲法九条は個別的自衛権を否定していません。だから自衛隊は合憲です。これが半世紀以上にわたる自民党政権、そして政府の公式見解でありました。私も同様の見解と立場であります。
ところが安倍政権は憲法の解釈を一方的に変更して集団的自衛権の行使を認め、安保法案を強行採決しました。立憲主義の本質は、ときに暴走する政治や権力を憲法によって統制し、もって個人の尊厳を守ることにあります。安倍政権は立憲主義を蹂躙(じゅうりん)したと考えています。北朝鮮は日本に向かって何度もミサイルを発射をしており、これはもちろん、皆さまと同じように断じて容認はできません。
北朝鮮の危機は日本有事そのものです。したがって個別的自衛権で対処できます。自衛隊が違憲のいしを背負わされている限り、自衛隊を明記する憲法九条の改正には反対の立場でございます。
現行憲法が制定されてから70年以上がたったなかで、やはり現在の社会、現状と一致していないという部分があるということは否めないのではないかと思います。憲法改正に関しては国会及び国民の間で自衛隊の存在を明記することも含めてですね、広く議論をしていく必要があり、そしてまた時代に合った形の憲法をつくっていくことが必要であります。今、議論が必要だという話がありましたけれども、頭からですね、議論すらしない姿勢をもっていることが民主主義に反しているんではないかと私は思っています。
とくに自衛隊についてでありますけれども特筆すべきであると私は考えています。あの東日本大震災の時に献身的な活動、その賞賛を集めた自衛隊の支援というのは国民の命と暮らしを守りました。しかし、にもかかわらず、その自衛隊の存在自体が、合憲か違憲かという議論がずっと続いているわけであります。条文のなかでは陸海空軍、その他の戦力はこれを保持しないと。まあ、そう記されているわけであります。
これまでの正式な政府の解釈、見解において自ら身を守るという、いわゆる自衛力、自衛権については否定をしていない。つまり最低限の、必要最低限の自衛力は保持できるとしているわけであります。しかし、これでは解釈の違いによってですね、その存在を正当性が揺らいでしまうではないか。現に自衛隊の皆さんの護憲、自衛隊は違憲だとして災害支援、海外協力のそうした活動をも批判をしている政党があるわけであります。
私は自衛隊の皆さんとお話する機会がたくさんございます。自衛隊の皆さんもきちんと自分たちの存在を認めてもらう憲法にしてほしいと言う声をずっと上げているわけであります。国民の皆さんがおそらく敬意を表し、そして存在を認めているはずなのにもかかわらず、それが認められていないことに自衛隊の皆さんも忸怩(じくじ)たる思いをもっています。
私は国民の命と暮らしを守るその自衛隊を正しくきちんと憲法上に位置づけたいと思います。そのこと自体は決して軍備の増強等をですね、強調していく、軍備増強をそういう恐れとはまったく話は別物、まったく別であると思う。物事はしっかりと区別をして切って考えなければいけません。ただ、方法論において改憲なのか、あるいは加憲なのか、これはいろいろあろうと思いますけれども、このことも含めて方法論も深く国民の皆さんと議論をしていく、議論を深めていくべきだと考えています。